取材・文 = 高坂はる香
2007年ニースの講習会でロレーヌ・ヌーバー先生と
―アメリカで学ばれているということで、一番得意とされているのは、やはり英語ですか?
そうですね。もともと一番得意だと思っていたはずの英語でしたが、アメリカでは本当に厳しく直されました。私にとって、日常のコミュニケーションにも使えて、また歌いやすい言語でもあります。
アメリカの音楽大学は、どの言語も満遍なく身につけさせる傾向があるようで、私が通ったバード音楽院でも、セメスターごとに違う言語を勉強しました。言葉に重点を置く授業も多く、それを2年間受けたことで、“言葉のある音楽”というものの魅力を、改めて知りました。
それに私がバード音楽院への進学を決めたきっかけは、大好きなソプラノの1人であり、CDもたくさん聴いていたドーン・アップショウ先生でした。バード音楽院の声楽主任でもある先生はどんな言語も歌いこなし、卓越した表現力で魅了します。そんな演奏を間近で聴く機会や、言葉の意味をよく考えさせるレッスンから、私は多大な影響を受けていると思います。
バード音楽院時代、
恩師ドーン・アップショウ氏(後列中央)及びオペラ演出家とアシスタントと
―今年リリースされたCD「十人十色」では、日本語の歌を収録されています。日本語で歌うときに気をつけていることはありますか?
当然、日本人はみんなが理解できる言葉ですから、何を言っているのかわからない音を作らないことは大前提です。曖昧母音がない点で、日本語は、他の言語と言葉さばきが違います。これをちゃんとできないと、日本語に聞こえません。
声楽は、唯一、言葉のある音楽表現。言葉はとても大事にしたいと思っています。
―来たる7月には、東京二期会オペラ劇場、ヴェルディ『ファルスタッフ』にナンネッタ役で出演されます。
『ファルスタッフ』は、音楽と詩が見事に合致している作品で、大好きです。物語にぴったりと合った音楽が流れる場面がとても多く、自分が出ていない場面も、観ていてずっと楽しい。話がパッと展開していき、最後はみんな笑ってフィナーレを迎えます。このオペラを観ると、いろいろあったけれど楽しかった、と言って終われる人生ってすごくいいなと、改めて思うんです。ヴェルディさんもそうだったのかもしれない、そんなメッセージが込められているのかもしれないと思わずにいられません。
自分の声にぴったりの役って実はすごく少ないのですが、ナンネッタはそんな私の声に合う役柄の一つ。大切にしていきたいと思っています。
―今後、音楽家として大事にしていきたいことはなんでしょうか。
年を重ねると、経験が増え、また声が変わっていきます。それにつれて、歌えるものも変わっていくと思いますが、そんな変化を受け入れつつ、常に客観的に自分の声を聞いて、学びをやめないことが大事だと思っています。そして、楽しみながら自分に合う作品の世界を表現できたらいいなと思っています。
オペラは大好きですが、これも表現者としての一つの経験という捉え方をしています。そして、宗教曲ならば、世界を作った神様への賛美という大きな世界をしっかりと表現していきたいし、歌曲なら、詩の世界をしっかりと理解して伝えたい。
一つのジャンルに力を入れていくやり方もありますけれど、私自身、まだ知らないことが多いと思っています。確固たる軸を見つけることは強さになるかもしれませんが、逆にそれがないことの良さもあるかもしれない。ジャンルや言葉にとらわれず、さまざまな表現の形に挑戦していきたいです。
2019年5月 第24回宮崎国際音楽祭 演奏会
巨匠と若き後継者「大いなる歓びへの賛歌」
指揮:ピンカス・ズーカーマン
写真提供:宮崎県立芸術劇場/「K.MIURA」
2019年2月 中嶋朋子が誘いざなう 音楽劇紀行|第六夜 ミュージカル
バロック・オペラからミュージカルへ 〜音楽劇の歴史を追う
ピアノ:加藤昌則
写真提供:Hakuju Hall