取材・文 = 高坂はる香
オペラやコンサートなどさまざまな舞台に立つ、山本耕平さん。2015年には、すでに多忙な活躍をする中でイタリアに3度目の留学を果たし、2019年に帰国。活動を再スタートし、パワーアップした歌唱を届けています。
負けず嫌いだった子供時代から、常にレベルアップを求め続ける現在の音楽家生活まで、お話を伺いました。
2018年11月 東京二期会オペラ劇場 モーツァルト『後宮からの逃走』
ベルモンテ役 日生劇場(撮影:三枝近志)
―子供の頃は、ご家庭に自然と音楽がある環境で育ったそうですね。
はい、身内に音楽の教員がいましたし、親族にも楽器を演奏する人が多くいました。そのなかでピアノをはじめましたが、特別な教育を受けたわけではありません。でもやはり、家族から受けた音楽的な影響は大きかったと思います。
それから中学校で吹奏楽部に入り、クラリネットを始めましたが、我流で吹いている時期が長かったこともあり、プロを目指せるレベルには至りませんでした。
ただ、中学、高校の吹奏楽部の顧問の先生がどちらも声楽出身で、コンクールに挑戦するときの課題曲がオペラ作品のアレンジものばかりだったことは、今思えば大きかったですね。初めてプッチーニを演奏したとき、なんて美しいのだろうと震えたことをよく覚えています。
音楽の道に進むことを意識したきっかけは明確にはありませんが、心の中ではずっと、音楽にかかわることは絶対だと思っていました。そして音楽の教員を目指し、東京学芸大学教育学部音楽科にクラリネットで進学しました。
左写真 2008年に参加したスタジオレコーディングにて
右写真 2009年カタラーニの『ラ・ワリー』に
オーケストラメンバーとして参加
―その後、声楽に転向し、東京藝術大学の声楽科に進まれます。
クラリネット一筋だったのに、歌のほうが自分にあっていると感じたら、なんの未練もなくパッと転向しました(笑)。教員、クラリネット奏者と次々目標を変えてきた私ですが、歌への気持ちは、揺らぐことなくずっと続いています。
―歌だけはこうして続いた理由は、なんでしょうか?
それはもう、好きだからでしょうね。もう、どうしようもないくらい。絶妙のハマり具合で、そのことばかり考えています(笑)。
おそらく、声楽を始めて、“演じる”という要素が入ってきたことがすごく嬉しかったんだと思います。ただそれは、外見、国籍、性別、身長や体重などがすべて表現に影響してくるということ。難しい面もあるなと思いました。クラリネットを吹いているときは、そういうことは基本的に関係がなかったわけですから。
―オペラで何かの役を演じることについては、どんな意識で臨んでいらっしゃいますか?
演劇の役者さんのように、私生活も含めてその役に気持ちを入れ込むということにはなりません。本番で気持ちが昂ぶり、入り込むことで、疲れ切ってなかなかカーテンコールに出ていけないことはあります。でもやはりどこか冷静でいなくては、歌う表現としても、声のためにもよくありません。
2021年は、フェントン役で出演するヴェルディ『ファルスタッフ』の本番と、1年延期になったベルク『ルル』のアルヴァ役の稽古が同じ時期になりそうで、今から恐ろしいです(笑)。
理想としては、フェントンの明るい声をそのままにアルヴァも歌わなくてはと思うのですが、『ルル』の物語やベルクの暴力的な音楽に引っ張られて、声も暗いほうに向かいがち。ここをいかにうまくコントロールするかが課題です。延期で勉強時間が伸びたことを生かし、しっかり磨いていきたいと思っています。
―役に入ることと、歌う技術のバランスを保つ秘訣はありますか?
理想的な歌唱技術に入れている時は、音楽と演技が一体になります。いつも追い求めているのは、少しのエネルギーで出した声が、小さな点を通って、プロジェクションするように広がっていく状態。小さな感情表現が、劇場全体に投影されるような歌い方です。そうすると、演技としての動きは最小限でも感情が伝わります。
そもそも大作曲家の作品はすばらしいものですから、自分の声がしっかりその小さな点を通過して広がれば、ドラマが再現されるはずです。
ただ最近は、映像技術が進歩して、オペラ鑑賞のあり方も変わっています。表情や動きがクローズアップして観られている状態で歌い、目の肥えたデジタル世代も納得させなくてはいけません。歌い手が一人ですべてを担わなくてはならず、ますます究極の表現が求められている気がします。
それでもやはり、まずは声がしっかりしていなくては、すべてが虚しくなってしまう。そういう思いで、日々、歌の技術を磨いています。
―ホールいっぱいに声を響かせる表現の根本には、逆にそういう小さな表現を投影させるという感覚があるのですね。
声に限らず、トライアングル、クラベスなども、点のような小さなポイントを的確に打つことで、みずみずしくよく響きますよね。男性歌手はどうしても“カメハメ波”のように大きく太い声を出したくなりがちですが、それだと逆に、余分な演技を加えなくては感情が十分伝わらなくなってしまうのです。余計なものを削ぎ落とし、シンプルだけれど豊かな表現を目指していきたいです。
そうはいっても、いろいろな影響を受けて、あれもやってみよう、これも良さそうだと、ついフラフラしてしまう。そして何かに挑戦しては、うまくできない自分に怒って、やめてやる!なんて思うこともあります。でも次の日になるとまた、「今度はこれをやってみようかな?」となっている(笑)。