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ピックアップアーティスト Vol.22 加納悦子の今

Interview | インタビュー

2011年7月の二期会ゴールデンコンサートでは、アルバン・ベルクやアーノルト・シェーンベルクを中心に据えたプログラムを組んだ加納悦子。
リサイタル本番へ向けて、ベルク「若き日の歌」を演奏しながら公演への想いを語った。

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ベルクの中に垣間見るロマンティシズム

加納:この曲は、ベルクが10代の頃に書いた「若き日の歌」です。
本当に美しい曲で、調性がありどことなく歌謡曲のようにも聴こえますね。
それでもよく耳を澄ませてみると、そのきれいな調性から離れてゆきオペラ『ヴォツェック』『ルル』を書くといった無調の世界に進んでゆく音の予兆もちらちらと見えてきてそれが面白いと思います。
彼はその後大変複雑な音楽を作曲し、オペラの外見は複雑で現代音楽風なんですけれど、実は歌ってゆくとその音楽の内容が、すごくロマンティックなんです。
私の中のロマンティシズムというものは、悩んだり、恋をしたり、死に接して悲しんだりといった喜怒哀楽の表出であり、人間の自分の感情を吐露するものだと思うんですね。
そういう意味では、ベルクは本当に感情豊かです。シューベルトやシューマンのようなロマン派と言われる人たちより、内容的にはもっとロマンティックです。
ベルクが生きていた時代は世界大戦や大恐慌などもあり、厳しい現実を通じて自我を見つめ直さなければならない時代でした。ですから自分の感情をより掘り下げて表現してゆくことが音楽家にとっても大事だったのでしょう。
こうして若き日に書かれた曲を歌っていても、同じ人間として心底共感するものが潜んでいるのを感じます。
その深い部分を共に感じ取っていただけるようなリサイタルになれば嬉しいですね。

二期会ゴールデンコンサート in 津田ホール

Vol.33 加納悦子 メゾソプラノ
長尾洋史(ピアノ)
2011年7月16日(土)
16:00開演/15:30開場 会場:津田ホール

予定演奏曲目:
ベートーヴェン アデライーデ 作品46
ハイドン さすらい人 「オリジナル カンツォネッタ」から
人魚の歌  「オリジナル カンツォネッタ」から
メンデルスゾーン 新しい恋 作品19-4
ベルク 四つの歌 作品2
若き日の歌
ピアノソナタ 作品1
『ヴォツェック』から演奏会用編曲版
シェーンベルク 期待 作品2-1
ガラテア 「キャバレーソング」から
満足した恋人 「キャバレーソング」から
婚礼の歌 作品3-4
自由な優しさ 作品3-6

ロマンティシズムの行き着く先をここで聴く

シェーンベルク初期の歌曲集『架空庭園の書』作品15。詩人シュテファン・ゲオルゲの詩による耽美的な作品だ。加納悦子は10代の頃からこの作品に惹かれていた。

加納:その若い頃の趣味は一向に今も変わっていませんね。シェーンベルクや彼に続くベルクには、調性では言いあらわせない世界があります。外面は、音が込み入っているようでも音楽の中身は非常に人間的、そういうところが好きですね。中身までプラスティックな感じだったらついてゆけないところがあるけれど、自分の人間の本当の喜怒哀楽の先の方を見ているような、ロマンティシズムの行きつく先といった感情表現に根差しているところが惹きつけられている理由なのでしょう。
今回のリサイタルでは、大好きなベルクやシェーンベルクの歌曲に重心を据えて構成してみました。

ピアニスト長尾洋史さん
長尾さんは器楽アンサンブルの方というイメージがあるかもしれませんが、大学時代から存じあげていて、音楽の方向性が似ていると感じていました。ベルクなんか自分の庭の様に得意とされているので「これは長尾さんしか居ない」ということでお願いしました。私がヨーロッパに居ましたのでご一緒出来る機会がなかったのですが、日本に帰ってラジオの番組で一緒になった時に「こんどぜひご一緒に!と機会を狙っていました」と言ってみたら、今回の実現となり本当に楽しみです。

加納 悦子 (かのう・えつこ) メゾソプラノ
KANOH, Etsuko Mezzosoprano
磨き抜かれた圧倒的な歌唱力で、日本に於けるリートの第一人者

東京藝術大学大学院を修了後、ドイツ国立ケルン音楽大学で声楽を学んだ加納悦子。同大学在籍中にケルン市立歌劇場のオペラスタジオ研修生となり、94年から同歌劇場の専属歌手としてジェームス・コンロン等の指揮『フィガロの結婚』ケルビーノ、『蝶々夫人』スズキ、『ヘンゼルとグレーテル』ヘンゼルなど40以上の演目に出演しキャリアを築いてきた。ヨーロッパの他の歌劇場では、ドイツ・シュトゥットガルト州立歌劇場、シュヴェツィンゲン音楽祭、ベルギー・フランドルオペラ、オランダ・ロッテルダムのゲルギエフ・フェスティヴァル、スイス・ザンクトガレン歌劇場などでも活躍。ヘンデル『アルチーナ』ルッジェーロ、『コシ・ファン・トゥッテ』デスピーナ(指揮:ルネ・ヤコブス)、ウルマン『アトランティックの王』などの現代オペラにも出演。帰国後、日生劇場開場40周年記念/二期会共催『ルル』では主要3役をこなし、08年、びわ湖ホール・神奈川県民ホール共催『ばらの騎士』(A.ホモキ演出 東京二期会制作)オクタヴィアン、09年、東京二期会『カプリッチョ』女優クレロン、2010年10月びわ湖ホール『トリスタンとイゾルデ』ブランゲーネ等、絶賛を浴びている。また、コンサートでもN響定期「大地の歌」、読響定期「ここに慰めはない」(猿谷紀郎作曲・G.アルブレヒト指揮)世界初演、06年都響、2010年東フィルに招かれベルリオーズ「夏の夜」を演奏、完成度の高い色彩感に富んだ歌唱は常に聴衆を魅了している。二期会会員

東京藝術大学在学中から、ドイツリートに傾倒していた加納は、白井光子さんと長い間リート・デュオを組んでいるハルトムート・ヘル氏に教えを請おうと、ヘル氏が教授を務めるケルン音大の門を叩いた。そのリートクラスからは今も世界で名だたる活躍の一流のアーティストたちが育った。

加納:ドイツリートを歌いたくてたまらなかったですね。好きな事が出来て幸せでした。でもそこで知り合ったドイツ人の優秀な学友から、「エツコはなぜリートだけ歌っているのか?オペラを演らなければ話にならないじゃないか」と問われ、好きなリートだけ歌っていて演奏家にはなれないのか?・・・と自問して、同じケルン市立劇場のオペラスタジオに入ったんです。

ケルンの劇場のオペラスタジオは実践中心で、本公演で最初は端役から、沢山のオペラに出演することになる。その数年間を経て、優秀だった加納はケルン市立劇場の専属歌手となり、オペラでの分野でも花開くこととなった。ヨーロッパでの経験を踏まえて、現在は日本でも重要なメゾの主役の担い手として第一線で活躍している。

1&2:ケルン市立歌劇場『フィガロの結婚』ケルビーノ
3:ケルン市立歌劇場『椿姫』フローラ
4:オランダ・ライスオペラ『コシ・ファン・トゥッテ』デズピーナ

加納:日本に帰ってきて10年位ですが、幸い日本に戻ってきてから自分がヨーロッパで続けていたら、まだこの年齢では辿り着けなかったようなチャレンジングな役を演じさせていただく機会も多いので、充実した日々を送っています。『トリスタンとイゾルデ』のブランゲーネ等もそうした中で到達することの出来た貴重な機会でした。
これからも息の長い演奏家として、好きな歌を歌い続けてゆきたいですね。

2008年
びわ湖ホール
『ばらの騎士』
オクタヴィアン:加納悦子
2009年
東京二期会
『カプリッチョ』
女優クレロン

2010年 びわ湖ホール『トリスタンとイゾルデ』ブランゲーネ

最近では新国立劇場『ばらの騎士』で、当り役のオクタヴィアンばかりではなく、アンニーナを見事な存在感で演じ、日本人歌手の存在感を示した。今後益々目の離せないプロフェッショナルが光るアーティストの一人。