取材・文 = 高坂はる香
―その後、東京藝術大学大学院で学んだのち、ウィーンに留学。現在もウィーンでの勉強は続けながら活動されています。
学芸大の頃に師事していた横山和彦先生がドイツリートがお得意だった影響もあり、ドイツものが好きで勉強していました。そこで東京藝大では、ウィーン国立歌劇場の専属歌手だったソプラノの佐々木典子先生に師事しました。
佐々木先生が活躍していらした歌劇場や、音楽の都といわれるウィーンに憧れがあったこと、そして当時の私には人脈も知識もなく、どこに留学したらいいかわからなかったということもあって、とにかくウィーンに行くことにしたのです。
すでに現地に留学していた友人のつてで紹介してもらったワルター・モーア先生に歌を聴いていただき、師事することになったのですが、なんとこの先生、横山和彦先生の師匠でした!あまりの偶然にびっくりしました。
ワルター・モーア先生と、
由緒あるエアバー・ザールというホールで行われたクラスコンサートにて
―実際に教えを受ける中で、先生を通して受け継がれたものを感じましたか?
感じましたね!学芸大のころ勉強したドイツリートを持って行くと褒めていただけるのですが、自分で勉強した別のレパートリーを持って行くと、ものすごくいろいろ注意されるんです(笑)。脈々と受け継がれたものが自分の中にあることを、改めて感じました。
留学先で発声や表現についてたくさんのことを教えてくださった
アデーレ・ハース先生(左から2人目)と、
ウィーン郊外のホイリゲで行われたコンサートにて
―留学生活で得た最も大きなことは?
自分が今何をしたいかを、まず考えるようになりました。
例えばコンクールで歌う曲を決めようと先生に相談すると、最初に必ず、それであなたは何が歌いたいの?と聞かれます。以前は、聴きばえするのはこちらではないかとか、難しすぎるとかそういうことばかり考えていて、自分が歌いたい曲かなど気にしたことはありませんでした。でもやっぱり、一番大切にすべきは自分の気持ちだと学びました。
日本人は、自分の意見やイエス・ノーを示すのが苦手だとよく言われますが、向こうではそんな、背景を読み取ってもらう話し方が通用しません。五島記念文化賞で丸1年ウィーンに行っていたとき、自分の意思をはっきり言う感覚が養われたようで、帰国後、家族から少し怖がられたほどです(笑)。
あとは、現地の方と現地の言語で接しているうち、その文化特有の、笑ったり怒ったりするポイントがわかってきて、これまでオペラの筋書きでいまいちしっくりこなかった部分も理解できるようになりました。さらに、困った時、怒った時など、日本人とは違う表情筋の動かし方を見ることも参考になります。舞台でのパフォーマンスに生かせていますね。
2015年7月 東京二期会オペラ劇場『魔笛』夜の女王役
東京文化会館/撮影:三枝近志
―9月には東京二期会オペラ劇場『魔笛』、11月には『こうもり』に出演されます。オペラで歌いながら演じることは、いかがですか?
私はもともと変身願望があり、自分ではない別のキャラクターになりたいという気持ちが強かったので、オペラ歌手になって、本当に良い仕事を選んだなと思っています(笑)。例えば夜の女王なんて、普通に暮らしていたらなれる機会はまずありません。
そういう意味ではあくまで「別の人」を演じている感覚があるので、自分と重ねたり、役に入り込みすぎたりということはありません。近い時期にまったく別のキャラクターを演じる舞台があっても大丈夫。悲劇的な愛憎劇だと、少しは没入して大変かもしれませんが。
2016年9月 あいちトリエンナーレ 2016 オペラ『魔笛』夜の女王役
写真提供:愛知県芸術劇場/撮影:小熊栄
―「夜の女王」は重要なレパートリーかと思います。どんな想いがありますか?
テクニックというより、メンタル面で年々難しくなっていきますね。以前はしっかり歌うことに集中するだけでしたが、徐々に役に対する取り組み方が変わって、精神性を理解するようになったことで、一層難しいと感じるようになりました。
それに「夜の女王のアリア」は、みんなが知っていて聴きにくる部分ですから、プレッシャーもとにかくすごいんですよね……。
2015年の舞台で感じた、今、みんなが私のことを見ている!という緊張感も忘れられません。歌う直前は死ぬほど緊張しますが、もしもうまく歌えなくても死ぬわけじゃない、と自分に言い聞かせて本番に臨みます。どうしてこんな辛い思をして舞台に立つのだろうと毎回思うのですが、それでもまたやりたいと思ってしまうんですよね。
あのシーンで絶対に寿命が縮まっていると思います(笑)。これほどの役は、今のところ、他にありません!
2016年7月 東京二期会オペラ劇場『フィガロの結婚』スザンナ役
東京文化会館/撮影:三枝近志