二期会21
オペラの散歩道 二期会blog
二期会メールマガジン オペラの道草 配信登録

ピックアップ・アーティスト Pick-up Artist

ピックアップアーティスト トップページ

Interview | インタビュー

2010年平城京遷都1300年で活気溢れる奈良。二期会でもその奈良出身のホープ、桝 貴志(ます たかし)が絶好調の演唱で注目を集めている。
1980年生まれの桝は、30歳になったばかり。11月、東京二期会『メリー・ウィドー』で主役のダニロ・ダニロヴィッチ伯爵に抜擢された。
第18回ABC新人コンサート・オーディション最優秀賞も受賞しているが、その審査委員長を務めた伊藤京子審査委員長が‘桝君は声や演技する姿がターちゃん(国民的人気を誇った二期会のオペラ、オペレッタ歌手の故立川清登)にそっくり’と称賛するほどで、心地よい美声と明るく陽気な雰囲気はオペレッタのスターとしても資質充分。
連日の稽古も佳境に入っており、周囲の期待も高まっている。

桝は、奈良の高円(たかまど)高校出身。昔からものすごく歌が好きな子供で、2歳にして演歌を歌っていたという。「幼稚園の時は森進一を歌っていました」
小学校2年のときからエレクトーンに親しんでいた。
「中学3年の進路を決める時、担任の先生との三者懇談の時、‘君は音楽の成績が良いし、音楽が得意だから音楽をやってみたらどうだ’と言われ、その足で音楽室に行って音楽の先生と話したのがきっかけでした」
その時、奈良で唯一音楽科のある公立高校で音楽ホールも併設している高円高校の存在を知った。趣味で行く学校ではないので、本気でプロの音楽家を目指すなら…ということで、〈歌〉で試験に臨むことになる。中学一年の時、すでに声変わりをしていた。小学校ではサッカー、中学校ではテニス部に所属していたが、「自分が一番好きなのは音楽かもしれない」と考えた。
試験では課題曲の中から〈早春譜〉を歌い、ソルフェージュ、聴音、音楽史の試験などもクリアし見事合格。それからは週に12時間音楽の授業のある音楽漬けの日々。副科ではピアノとヴァイオリンをとっていた。そして高円高校3年の秋には、第51回瀧廉太郎記念音楽祭・第6回全日本高等学校声楽コンクール最優秀賞(第1位)に輝いた。奈良県からは初めての快挙だった。高校3年の時には『椿姫』の「プロヴァンスの海と陸」を楽々と歌いこなしていたという逸話を持つ桝は、その後、大阪音大を首席で卒業。新国立劇場オペラ研修所第五期生へと順調に進む。同期には二期会の人気バリトン与那城敬や北川辰彦、中村恵理(2009年3月、ロンドンのコヴェントガーデンでアンナ・ネトレプコの代役として『カプレティ家とモンテッキ家』のジュリエッタを歌い、大成功を収めた)など錚々たる顔ぶれが居た。
「恵理さんも大阪音大出身で、僕が4年の時にはもう大院生でしたが、彼女はその頃から持っているものが違いました。お客様の心を掴む歌心とフレージングの巧さは、イタリア人でも思わず‘ブラァヴァ’と言いたくなる。
そんな風にその人にだけしかない魅力を持った歌手に、僕もなりたいと思いますね」

2009年 佐渡裕プロデュースオペラ『カルメン』
モラレス:桝貴志、ミカエラ:安藤赴美子(撮影:三枝近志)

オペレッタの魅力は何ですか

「オペラも好きだけど。やはりオペラにはまず発声とかコトバの問題とか、ヴェルディにはヴェルディの様式感、プッチーニにはプッチーニの様式感、モーツァルトにはモーツァルトの様式感があって、指揮者から片時も目を離さず、技術の上ではじめて自分の気持ちが乗るけれど、オペレッタやミュージカルにはオペラほど規制されたものはないし、メロディーに乗りやすいという感覚があります。今後はいろいろな役にも挑戦したいですが、自分の声の特徴を活かすにはオペレッタは自分を出しやすいし、合っているような気がします。そこで勝負できるようにと意識しています。」
『こうもり』のアイゼンシュタインにも何度も出演している。アイゼンシュタインはテナーがやることもあり、バリトンが演じるにはかなり高い音域が必要。強さや存在感も必要なので、テナーがやるとちょっと物足りない気がする時があるのだが、バリトンの強さと高音の響きの両方を兼ね備えた桝にはこれも当り役となってゆくだろう。
「大学では『レ・ミゼラブル』で主人公ジャン・ヴァルジャンを追う恐い警察官ジャベールをやりました。いつかはジャン・ヴァルジャンを演じてみたい」と夢も大きい。

2009年 佐渡裕プロデュースオペラ『カルメン』(撮影:三枝近志)

私の音楽習得法

「歌のCDだけで、少なくとも1000枚以上CDがあると思います。聴いて聴いて、そこから自分で考えて歌うやり方ですね。人がどういう風に歌っているかを映像やCDから掴んで、いい部分を参考にするというやり方かもしれません。
頭で考えるというのではなく、まず感覚や五感に覚えさせる。だから先生からは主に歌の表現方法を教わるというイメージでしょうか。」

中でもレオ・ヌッチさんが好きです。ボローニャ国立音楽院に留学していた時、ボローニャ出身のヌッチ氏がボローニャのオペラ愛好家の集まるサロンでコンサートをすると聞いて、取る物も取りあえず駆けつけました。演奏も素晴らしく「世界のトップってこういうことなんだ」と思いましたし、紹介してくださる方のお蔭で実際にお会いすることも出来て、凄く感激しました。
もうひとつ、ボローニャ時代、桝の耳の良さを示すエピソードがある。プライヴェート・レッスンを受けていたバリトンのロベルト・スカルトリーティに初めてレッスンを受けた際、最初は容姿だけでは気付かなかったのだが、歌声を聴いた時、日本でも定番(※)の『愛の妙薬』DVDでベルコーレを歌っている人だ!と声ですぐに気付き、「10年も経って随分太ったのによくわかったね」と、スカルトリーティに大変驚かれたそうだ。

立川清澄さんへの憧れ

瀧廉太郎コンクールで第一位になった桝 貴志。昭和22年に創設されたこの伝統あるコンクールの第一回目の優勝者が立川清登だった。
桝はこのコンクールで〈プロヴァンスの海と陸〉と瀧廉太郎〈荒城の月〉を歌って優勝したのだが、その際にも立川清登さんのCDを100回以上も繰り返し聴きながら、練習し本番に臨んだという。
「日本人歌手の中でも立川清登さんが大好きです。それで立川さんと同じコンクールで優勝できて本当に嬉しかった。立川さんは日本にオペレッタを広めた方ですし、彼も僕と同じハイバリトンなんですよね。
僕は日本歌曲を伊藤京子先生にご指導頂くこともあるのですが、‘貴方はターちゃんの声に似ているし、ターちゃんと同じものを持っているわね。日本歌曲を歌っている時なんてそっくりで、目をつぶっていたらわからないわ’なんておっしゃって頂いて、畏れ多いですが嬉しいことです。」


11月公演『メリー・ウィドー』、桝貴志のダニロ。どうぞご期待ください。

桝貴志 ムービーはこちら

※ドニゼッティ:歌劇『愛の妙薬』全曲 DVD
アディーナ…アンジェラ・ゲオルギュー(ソプラノ)
ネモリーノ…ロベルト・アラーニャ(テノール)
ベルコーレ…ロベルト・スカルトリティ(バリトン)他
リヨン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
指揮:エヴェリーノ・ピド
演出:フランク・ダンロップ
制作:1996年9月 リヨン国立歌劇場(ライヴ収録)