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ピックアップアーティスト Vol.26 佐々木典子の今

Interview | インタビュー

時は満ちて オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラム

佐々木典子といえば、長きにわたりウィーン国立歌劇場の専属歌手として活躍し、帰国後はリヒャルト・シュトラウスの数々のオペラに主演し聴衆を魅了している日本を代表するプリマドンナ。

『カプリッチョ』伯爵令嬢マドレーヌ、『ダナエの愛』ダナエ(演奏会形式)、『ダフネ』タイトルロール、『ナクソス島のアリアドネ』プリマドンナ/アリアドネ、そして何より『ばらの騎士 』元帥夫人での心情も豊かな品格ある歌唱で絶賛を浴びてきた。
R.シュトラウスのプリマに求められること、それは時の移ろいとともに滅びゆくものの中に煌めく美しさとノスタルジーであり、佐々木が愛してやまないウィーン(華やかなハプスブルク帝国の繁栄と滅亡の運命の渦中にあって、眩しくもどこか悲しい美しさを湛える夢の街)にも似ている。そしてそのメンタリティーを深く理解し、馥郁たる歌唱で存在感を示すことの出来るたぐい稀な存在が佐々木典子だ。オペラの舞台に彼女が登場すると、そこには高い知性と感性を併せ持つなんともいえない典雅なオーラが立ち込める。そしてオペラ歌手としての結実ゆえにこそ、到達したリートの世界がある。
来たる3月17日には、自身の演奏家人生の中でも特別な意味を持つというR.シュトラウスの歌曲だけを集めたプログラムのリサイタルを千駄ヶ谷の津田ホールで開催する。R.シュトラウスの歌曲を演奏する際には、音楽だけでなく、言葉や語感を大切にし、原詩を何度も朗読しているのも彼女ならではのこだわりなのだろう。国内主要オーケストラともR.シュトラウス「四つの最後の歌」で頻繁に共演しており、09年秋にリリースしたCD「R.シュトラウス歌曲集“四つの最後の歌”」も好評を博している。
今、人生の充実期を迎えた彼女が、時満ちて、生きる悦びと限りある命をいとおしむ洞観をリートに託す。音楽と人生の奥深さを感じさせる美しい詩が一体となったR.シュトラウスの歌曲をどんなふうに表現するのか、魂を込めて綴る色彩豊かな演奏に期待は膨らむばかりである。

◆二期会ゴールデンコンサート in 津田ホール◆
Vol.36「佐々木典子 ソプラノ」

2012年3月17日(土) 16:00開演 津田ホール
出演:佐々木典子(ソプラノ)、千葉かほる(ピアノ)

《オール・リヒャルト・シュトラウス・プログラム》

・「8つの歌」作品10より 〈夜〉
〈万霊節〉
・「6つの歌曲」作品17より 〈セレナーデ〉
〈あなたはわたしの心の王冠〉
・「4つの歌曲」作品127より 〈あすの朝〉
・「4つの歌曲」作品36より 〈バラの花環〉
・「6つの歌曲」作品37より 〈それだけで幸せだった〉
〈わが子に〉
・「8つの歌曲」作品49より 〈黄金色に輝くなかを〉
〈子守唄〉 ほか

問合せ:二期会チケットセンター 03-3796-1831

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ウィーンの思い出とR.シュトラウスの魅力

ザルツブルクのモーツァルテウムの学生だった頃、ウィーン・シュターツ・オーパーのストゥーディオに入る前ですが、大晦日に『こうもり』を観に行こうと、アメリカ人の友達とジーパン姿で観に行ったのが、ウィーンでシュターツ・オーパーを観た最初でした。オットー・シェンクなんかが出ていましたね。日本に居るとワルツは澄ましたイメージがありますが、あちらでは自然に生活の中のリズムになっていて、空気のように身体の中に流れているということにまず衝撃を受けました。
それにカフェのケルナーと言われるボーイさんたちもまるでオペレッタの登場人物のようなイメージなんです。日常的に『ばらの騎士』のマルシャリン(元帥夫人)を彷彿とさせるような元貴族の夫人と親しく話すような経験があったり、ウィーンは私にとって、シュトラウスのオペラの登場人物たちに毎日直接出会えるような特別な場所でした。
「スキーとワルツが出来ないとウィーン人とは言えない」と、ある指揮者が言っていました。ワルツは、やはり切っても切り離せないものなのですね。ウィーンには今でもどこか、カイザー(皇帝)が居た古き良き時代の芸術と誇り高い魂が満ちていて、ドイツ語を話すといってもドイツ人とオーストリア人では随分気質も違うのが面白いですね。昨年11月に『ドン・ジョヴァンニ』を演出したカロリーネ・グルーバーはオーストリア人でしたけれど、その独特なオーストリア気質が苦手で今はベルリンに住んでいても、オーストリア人であることをすごく意識していることが言葉の端々に感じられました。

ウィーン市庁舎前のクリスマスマーケット

ウィーン人、そこにはどこか日本人の感性と相通じるものがあるような気がします。そして若き日にザルツブルクとウィーンで過ごした13年間が私の音楽の原点になっていると共に、その時の生活が、役作りに影響を与えていると思います。何ものにも代えがたい人生の宝ですね。
当時、象徴的だと思ったのは、12月31日のカウントダウンで、町中にオーストリアの第二の国歌ともいわれる、「美しき青きドナウ」がラジオやいろんなスピーカーから流れて皆、踊るんです。
必ず誰もがどこかのパーティーに呼ばれてお祝いするのがしきたりになっていて、そんな文化が理屈でなくありました。でもワルツって楽しい音楽ですけれど、その音楽の中にはやはり哀愁があると思いますね。

私はヨハン・シュトラウス『こうもり』のロザリンデも大好きですが、ウィーンを舞台にしたホフマンスタールの台本にリヒャルト・シュトラウスが作曲した『ばらの騎士』の元帥夫人に、なんだかウィーンの象徴そのものという感じを受けます。ウィーン人に言わせると、シュトラウスはミュンヘン生まれだと言われますが(笑)。
リヒャルト・シュトラウスが生きた19世紀から20世紀は、二度の大戦により絢爛たる文化が翳りをみせ、崩壊を余儀なくされる危うい時代でしたが、文学者や芸術家たちが素晴らしい芸術を生み、共存していた時代で、そこに私たちはノスタルジーを感じるのでしょう。
R.シュトラウスのメロディーは、どこかセピア色の想い出のような儚さに満ち、演奏していると何とも言えないいとおしさを感じます。演奏する度に違った発見があり、限りなく私の想像を掻き立ててくれます。

R.シュトラウス『ばらの騎士』元帥夫人役
(2008年 びわ湖ホール 写真提供=びわ湖ホール)

今回のリサイタルでは、リーフレットに書いた曲目に加え、『ばらの騎士』のモノローグ、『カプリッチョ』のモノローグ、そして最後は「四つの最後の歌」の4曲目、Im Abendrot(夕映えのなかで)で終わろうと考えています。
「四つの最後の歌」はR.シュトラウスが晩年の亡くなる一年くらいまえに作曲したもので、最初の3曲はヘッセ、4曲目が19世紀ロマン主義のアイヒェンドルフの詩に作曲されました。前奏の澄み切った空気の流れ、人生を共に歩んでいく人々に寄り添うように音楽とアイヒェンドルフの詩が穏やかに、そして温かく流れ、最後に死が暗いものではなく、新しい始まりのような、天からの一筋の光を連想させる、小鳥のさえずりのような響き。この曲を演奏し、後奏を聞き終えると、心が浄化され、人間の煩悩を超越した世界を感じます。

東京二期会オペラ劇場/R.シュトラウス『ダフネ』ダフネ役
(2007年 東京文化会館)
撮影:鍔山英次 

東京二期会オペラ劇場/R.シュトラウス『カプリッチョ』伯爵令嬢マドレーヌ
(2009年 日生劇場)
撮影:鍔山英次

東京二期会オペラ劇場/モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラ
(2011年 日生劇場)
撮影:鍔山英次

二期会創立50周年記念・東京二期会オペラ劇場/R.ワーグナー
『ニュルンベルクのマイスタージンガー』エーファ
(2002年 東京文化会館)
撮影:K.MIURA

佐々木典子 Noriko Sasaki Soprano

熊本県出身。武蔵野音大卒業。ザルツブルク・モーツァルテウムに留学、オペラ科を首席で卒業。ウィーン国立歌劇場オペラスタジオを経て6年間、同歌劇場専属歌手として活躍。帰国後は「ばらの騎士」「ナクソス島のアリアドネ」「カプリッチョ」などのR.シュトラウス作品をはじめ様々なオペラに出演。今年11月には「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・エルヴィーラを歌った。2009年、CD「R.シュトラウス:歌曲集“至福の歌”をリリース。東京藝術大学准教授。二期会会員。

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公演予定

『タンホイザー』 
指揮=沼尻竜典  演出:ミヒャエル・ハンペ
2012年3月10日(土)、11日(日) 14:00開演 びわ湖ホール
※佐々木の出演(エリーザベト役)は11日
2012年3月24日(土)、25日(日) 14:00開演 神奈川県民ホール
※佐々木の出演(エリーザベト役)は24日

二期会創立60周年記念ガラ・コンサート
2012年4月3日(火)18:30 東京オペラシティコンサートホール
二期会チケットセンター=03-3796-1831