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ピックアップアーティスト Vol.34 与那城敬の今

Interview | インタビュー

銀色の光りを放ち躍進するカヴァリエ・バリトン 与那城敬の今

2006年東京二期会『コジ・ファン・トゥッテ』(芸術大賞受賞)グリエルモで二期会デビュー後、小澤征爾塾特別コンサート『カルメン』エスカミリオ、2008年東京二期会『エウゲニー・オネーギン』オネーギン(ペーター・コンヴィチュニー演出)で一躍絶賛を浴び、新国立劇場『鹿鳴館』影山悠敏伯爵、東京二期会『フィガロの結婚』アルマヴィーヴァ伯爵(宮本亜門演出)など、著しい活躍で注目を集めている与那城敬。
長身と凛々しい舞台姿に魅了されるファンも多いが、オペラのみならずイギリス歌曲やマーラーなど、歌曲の演奏でも高い評価を得ている。

東京二期会オペラ劇場
二期会名作オペラ祭『フィガロの結婚』
(2016年7月 東京文化会館 撮影:三枝近志)

二期会名作オペラ祭として再演を重ねる亜門演出『フィガロの結婚』の伯爵には、2016年7月公演でも伯爵で出演。9月のオーバード・ホール公演でも同役を演じ、充実の演唱で強烈なオーラを放った。

2016年10月25日には、演奏活動のさらなる向上を目指し、音楽と深く向かい合う自主リサイタルを開催。リサイタルでは、シェイクスピア(1564-1616)没後400年を記念して、R.クィルター「シェイクスピアの詩による3つの歌」、ヴォーン・ウィリアムズ歌曲集「旅の歌」、マーラー「子供の不思議な角笛」より リュッケルトの詩による5つの歌等を演奏する。

コンサート情報

与那城敬 バリトンリサイタル

2016年10月25日(火) 19:00開演(18:30開場)

ルーテル市ヶ谷ホール(JR・地下鉄「市ヶ谷駅」)

プログラム

Photo by Kei Uesugi

プログラムの詳細はこちら

表現者として心掛けて居ること

―順風満帆で演奏活動を続けている印象の与那城敬さんですが、演奏家としての転機のようなものがありますか。

与那城:2011年3月11日の「東日本大震災」の頃、前日にハイドンの「天地創造」の演奏会があり、何の予測もせずに、バリトンの“地が揺れ動く”というテキストを歌っていました。翌日、地方でフォーレの「レクイエム」の演奏会があり、交通機関も混乱し電話もなかなか通じない中、演奏会場にやっと辿り着いて演奏した時、非常事態だからその場がすごく熱気に包まれて、熱かったんですよね。音楽が。
僕自身、何か祈りに似た気持ちで普段とは違ったモチベーション、思い入れを込めて無我夢中で歌っていました。あの時は、あの時なりに自分に出来る精一杯の演奏をしたとは思います。

でもその後、そんなことがあったからというのもありますが、演奏についてより深く考えるようになりました。
そして「演奏家というものは自身と自身の演奏を俯瞰(ふかん)する要素も必要で、感情に任せて歌ってはならない。自身は冷静さを保ちながら音楽を感じ取って頂けるように、お客様に音楽を手渡しする心構えもプロの演奏家として必要なのだ」ということを、数年たった今だからこそ改めて強く感じています。
自分は作品の媒介者であることを肝に銘じ、再現芸術を伝えるためには、自分の表現が過多になることを抑え、かつ自由でいなければならない。そのバランスを取る難しさと重要性を、怖いもの知らずだった若い頃よりもどんどん感じるようにはなっています。でもそれが逆に最近、面白くなってきて、昔より楽に自分の呼吸や感情を歌に乗せてゆけるようになってきました。

オペラとコンサート

―ご自身の中での比重はいかがですか?

与那城:オペラにはお祭りのような高揚感があり、大勢の人が関わる共同作業の中で、自身と全く違うキャラクターを演じることが楽しみですし、表現の幅を広げる意味でも大切なフィールドです。お蔭様でこの十数年、数々の大きなプロダクションに起用して頂いて得るものは本当に大きかった。けれどその一方で、部屋にこもって音楽とトコトンまで向き合い、時間をかけて一人で作ってゆく作業が好きですね。
だから今はオペラとコンサートをバランスよく演奏してゆけたらなと思っています。

―10月25日の与那城敬リサイタルではマーラーの歌曲も歌いますね。

与那城:僕、マーラーがすごく好きで。本当は全部マーラーで演奏したいくらいです。(笑)
「大地の歌」(Das Lied von der Erde)は、テノールとアルト独唱で演奏されることも多く、バリトンが歌うことの方が少ないかもしれませんが、自分の中にある呼吸感と合っている気がするんです。
その詩が語りかけてくる人間の孤独、輝かしき青春、輪廻転生を超えて百花咲く麗しき大地。人生の移ろいや美についてこれほどまでに凝縮された美しい曲はなかなかないのではないでしょうか。
マーラーの「大地の歌」は、2015年4月に日本センチュリー交響楽団第200回定期演奏会ライヴとして、飯森範親さん指揮、福井 敬さんのテノールでご一緒したライヴ録音がEXTONからCD化もされていますが、第6楽章「告別」なんて本当に最高ですね。生命を受け、こうして生かされていて、いつかは土に還るんだなって、そのあたり前のことに思いを至らせてくれる。
「リュッケルト歌曲集」(Rückert-Lieder)は、10月のリサイタルでも歌います。

―オフの過ごし方を教えてください。星を眺めるのが好きと伺いました。

与那城:この夏は、長野県の西南部、岐阜県と隣り合った山あいに阿智村(あちむら)という場所があって、環境省による全国星空継続観察で「星が最も輝いて見える場所」第1位に選ばれたので、行ってきました。キャンプ道具一式を揃えてキャンプ場に泊まって、テントを張って過ごしました。もともとツーリングが好きで若い頃にはもっと頻繁にアウトドアを楽しみ野宿をしたりもしていましたから。最近はそうした時間が少なくなっていたのですが、これを機に行く機会が増えるかなと思っています。
自然の中でゆったりするのが好きなので、だから演奏する曲も基本的にゆったりしとした呼吸の中で表現できる音楽が好きなのかもしれません。 現代はデジタル化も著しい忙しない時代ですが、クラシック音楽を聴く時間というのは、やはりそれとは違う気がしますし、ゆっくり過ごしたり、マイペースでじっくり音楽を作る時間を大切に、演奏を続けてゆきたいと思います。

―新国立劇場オペラ研修所『ドン・ジョヴァンニ』で華々しく本格デビューしてから、11年。今後オペラで演奏したい役について教えてください。

与那城:ミラノに留学していたんですが、ドイツ音楽も好きで実際はドイツとイタリアを行ったり来たりしていました。ドイツではヴォルフ「イタリア歌曲集」やシューマン「リーダー・クライス」や「ケルナーによる12の詩」等リートも勉強しました。
好きなオペラはワーグナーです。ワーグナーの世界観が好きですね。時間を忘れるようなスケールの大きなところに惹かれるんです。学生時代からレーザーディスクやCDなんかにも浸っていました。
ワーグナー歌手に憧れた時期もありましたが(笑)僕の声では歌える役は限られてくると思います。『タンホイザー』ヴォルフラム役(夕星の歌が有名)は今の自分でも合っているので機会があれば是非とも演じてみたい。その他の役については今後声がどのように育っていくかで決めたいです。
リートではヘルマン・プライが1997年に来日した際、シューベルト作品を6夜に渡り演奏していて、「美しき水車小屋の娘」、「冬の旅」、「白鳥の歌」の3夜を聴きに行きました。ディースカウがいかにも芸術的なお手本のような歌を歌うのに対して、自然な魅力、語るように歌う様子が印象に残っていますね。
私自身も日本人であるゆえに、より完璧さを追求しなければならない部分はあると思うけれど、それを意識しつつ、表現としては母国語で語れるプライのように、自身も聴衆も幸せである音楽を作ってゆきたいですね。自然体そのものが理想です。もともと桐朋のピアノ科だったので、どうしても音を追ってしまうし、自分の理想の声というものがありすぎて、常に変わりたい、変わりたいと発声も頻繁に変えていた時期もありました。けれど本当に身体と繋がった、心と繋がった声でなければ意味がない。役がどのようにその舞台上で活きているか、演技者であることの重要性がちょっとだけわかってきたところなので、今後、さらに精進して、単純に耳に届くんじゃなくて、聴いている人の心に届く演奏の出来る歌手になりたいと思います。

東京二期会『コシ・ファン・トゥッテ』グリエルモ
撮影:鍔山英次

東京二期会『エフゲニー・オネーギン』オネーギン
撮影:三枝近志

日生劇場『メデア』写真提供:日生劇場

―男女2人ずつの声楽カルテット「千駄ヶ谷スタイル」の活動もなさっていますね。

与那城:「千駄ヶ谷スタイル」の仲間もそうですし、声について、音楽について、屈託なく話せる同世代の仲間が周囲にいることはやはりとても心強いことです。時にはオーケストラで働く同級生に会って話したりすることも。皆、本当に頑張っていますから触発されることが多いですね。