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ピックアップアーティスト Vol.23 福島明也の今

Interview | インタビュー

男二人の奇跡のデュオ 芳醇で堂々たる美声と華ある存在感で、日本の音楽界の第一線を駆け抜けてきた福島明也。その充実の演奏の結実を、朋友、福井敬とのデュオリサイタルで聴く、真夏の贅沢!

――福島明也さんと福井敬さんのドラマティックな奇跡のデュオ、これは聴き逃せない朗報です。今回はどんな曲を聴かせていただけますか。二期会創立50周年でのサントリーホール「二期会30日連続演奏会」の一環としてご出演くださった時は、早々に完売となってしまって、あの感動を再びという声も沢山頂いていました。

福島明也(以下 福島):男女のデュオリサイタルは多いけれど、「男同士のデュオというのは珍しいし面白いよね!」って、福井敬さん、私、そしてピアニスト河原忠之さんの男3人で組んで企画したのがもう9年前のことです。あの時はエネルギーに任せて、少し盛り沢山な内容にし過ぎたので(笑)、今回はそれぞれ深く歌い込んだ曲を吟味し、さらに充実したリサイタルにしたいですね。

二期会ゴールデンコンサート in 津田ホール

Vol.34「福井 敬 テノール/福島明也 バリトン」
2011年8月23日(火)
19:00開演/18:30開場
会場:津田ホール

――99年以来、故若杉弘氏の指揮のもとに行われた「びわ湖ホール プロデュースオペラ」ヴェルディ日本初演シリーズでもお二人は大活躍で、『ドン・カルロ』(伊語5幕版日本初演)がセンセーショナルな成功を収めましたし、07年には東京二期会『仮面舞踏会』でも緊迫したドラマを創りあげ聴衆を魅了しました。
リサイタルでもヴェルディオペラでの力強い男同士のドラマの魅力を期待しております。

2007年9月 ヴェルディ『仮面舞踏会』粟國淳演出
東京文化会館大ホール
リッカルド:福井敬 レナート:福島明也
撮影:三枝近志

福島:まずプログラムとして挙げたいのは、ヴェルディ『ドン・カルロ』の“我らの胸に友情を”、そしてジョルダーノの『アンドレア・シェニエ』でしょうか。今回は震災後の日本の復興を願う気持ちも込めて、前半には日本歌曲を歌おうなどと相談しています。
福井敬さんとはアンサンブルをしていても音楽的に心から信頼して気持ちのいい演奏が出来る。「息が合う」「あ・うん」の呼吸がわかる素晴らしい歌手ですね。

――福島さんはプロとしての長いキャリアと多彩なレパートリーを重ねてこられました。コンサートはもちろんですが、オペラでもモーツァルト『フィガロの結婚』のフィガロと伯爵をはじめ、ヴェルディバリトンとして、また邦人オペラでも多くの主役で存在感を示されました。新国立劇場開場記念オペラ「建・TAKERU」のヤマトタケル役は日本のオペラの新時代を画する意味があり、「TAKERU」のイメージは記念切手にもなり話題になりました。
沢山の演奏の中で、特に節目の作品はおありでしょうか。
トマの『ハムレット』でジローオペラ賞を受賞なさったのはまだ30代はじめでしたね。

福島:そうでしたか。節目って、その時には思いませんでしたが、後から考えると、手ごたえがあって、作品と出会えた充実感、オペラってものと正面からぶつかって、それが満足のゆく演奏になったというのは、他にも節々でありますよね。
邦人作品は『夕鶴』からはじまって、『スサノオ』『タケル』『祝い歌の流れる夜に』、ひとつの分岐点は『ひかりごけ』の船長でしょうか。ただせっかくの素晴らしい作品を創りあげてもその後、なかなか再演に到らないのが残念です。
東京フィル・オペラコンチェルタンテシリーズも楽しかったですね。大野和士さんの指揮で『オテロ』のヤーゴなどもとても印象に残っています。また晩年、新国立劇場の芸術監督もなさった若杉弘先生は、長期的視野で日本のオペラの先行きを考えている方でした。びわ湖ホールのヴェルディシリーズで日本初演作品にも随分出演させて頂きました。最後には『オテロ』をやろうねって盛り上がっていたのを懐かしく思います。

2004年1-2月 間宮芳生『鳴神』
二期会・新国立劇場共催
市川團十郎演出 
新国立劇場オペラパレス
鳴神上人:福島明也
撮影:三枝近志

自身の楽器のクオリティを上げておくこと

――福島さんは出雲大社を臨む大社町(現在は出雲市)のご出身ですね。
出雲の美しい自然の中で育まれたその素晴らしい美声はデビュー当初より大変話題で、その後も原語、日本語を問わず素晴らしい演奏を続けていらっしゃいますが、身体が楽器の声楽家が長いキャリアを積み上げてゆくにあたり、どのような事を心掛けていらっしゃいますか。

福島:まずは何より演奏家を生業とさせて頂けていることにとても感謝しています。努力していることと言えば、意識して心に余裕をもたせるという事と、音楽の精度と質を上げるためにどうするかという事を常に心がけるという事でしょうか。歌手の身体は自分で調律しなければならないということもしっかり実践することですね。つまり自身の楽器としてのクオリティを上げておくこと、その基本を整えておくことがプロとして必須条件だと考えています。
あとは音楽の好き好きは、聴いてる方の感性に委ねられているものでしょう。

2003年9月 プッチーニ『蝶々夫人』 栗山昌良演出 東京文化会館大ホール
シャープレス:福島明也 蝶々さん:木下美穂子 撮影:藪田益資

――現在、東京藝術大学の准教授として後進の育成にも取り組んでいらっしゃいますが、これから第一線のプロを目指す若い人たちにアドヴァイスがあればお願いします。

福島:「個々にはしっかり精進するしかないよ」としか言えないけれど、それだけではなく「具体的に」というのが大事ですね。たとえば歌には母音がたくさんあり、どの母音でも響きを保ちきちんとしたポジションでトータル的に生かせるような訓練をしておくことが必要です。
高音から2度上がる、3度上がる、あるいは調性が変わる、それでもはっきり聴こえる声を作るには練習あるのみです。時間はかかるものです。かかかるものをかけないで出来ると考えてはいけない。イメージするのと実践では大きな隔たりがあるんです。
学生時代は時間がたくさんあるのだから、その時期にこそ、そういう孤独で地道な作業をすること。それと同時に演奏のこと作曲家のことも知識として深めてゆく、そしてさらに造詣の深さ・・これでもう極められたということではなく日々の積み重ねなんでしょうね。
もうひとつ、今はもう英語が必須だから、仕事の現場で英語でコミュニケートできることは必要最低条件だと思います。
僕らの若かった時代はそれぞれの渡欧先でドイツ語のエキスパート、イタリア語のエキスパートというようなやり方だったけれど、今は共通言語として英語は必須です。

2005年6月
ヴェルディ『椿姫』栗山昌良演出
文京シビックホール
ジョルジョ・ジェルモン:福島明也
撮影:堀衛

――日本にオペラは定着してきたでしょうか。

福島:新国立劇場のように原語上演を重ねてゆく劇場があってしかるべきだし、ドイツのように自国語で上演するような劇場もあってしかるべきだと思うんですよ。
ただ、日本にオペラ劇場が開場して10周年以上たった今でも、新国立劇場での主役は外人のゲスト歌手と言う事が殆どです。
外国人歌手と邦人歌手との間の大きな違いは、音楽的な資質や技術の格差というより、国内では「これぞこの歌手の十八番(おはこ)だ」と言えるような出演回数が格段に少ないというハンディによるものもあるのではないでしょうか。オペラは打ち上げ花火ではないので、上演する事に意義があるのではなく、もっともっとレパートリーを蓄積し「この役ならこの人がいる」というような人材を沢山増やしてゆく事が、豊かな芸術の地盤を築くことに繋がるのだと思います。
民間団体が意欲的な演目を上演し、良い上演が出来てもそれをもっと継続し、再演する事がこれまでは出来て来なかった。そこはやはり日本の弱味だと思っています。
オペラってやはり大人のものだと思うんですよ。
40代50代になってようやくわかってくるものがありますしね。それは演じる側にとっても言えることかもしれません。そして日本のオペラもまだまだ熟成する余地がある。
今、インターネットの普及やデジタル化で均質化した情報が全国どこに居ても簡単に手に入るけれど、便利さの半面、社会状況が慌ただしく心の余裕がない状態に振り回されている事には危惧を感じています。
外国のプロダクションをそのまま持って来たり、奇をてらったような事も一部のお客様には面白いかもしれませんが、促成栽培のように、やる側の論理でお客様が熟していないにもかかわらず、「これがいいものだ!」と押しつけているような事では、本当の定着にはならないと思います。
例えば80年代後半以降、一足飛びに字幕上演が普及し、そこの弊害についても誰も語っていません。「いいに決まっている」って思っているんですよね。これをやれば皆が欲するだろうっていう発想を一度疑ってかかることも必要なのかもしれないと思うんです。
字幕に釘付けになっていたら舞台が見られないし、どんな訳を使うのかということもあまり論議されることが少ない。大体、日本語に日本語の字幕が出るような環境を作ってしまったり、一回もオペラに行ったことがないようなお客様も置き去りにされていることが無いように、全てが原語でなくても、時には訳詞で上演する柔軟性も必要なのかもしれません。日本人なんですから(笑)。

――そういえば、やはり二期会50周年の時、福島さんがオペレッタ『こうもり』訳詞上演でファルケ(こうもり博士)をなさった時も、本当に愉しくて、歌って踊っての大活躍にすっかり舞台に惹きこまれてしまいました。
8月のゴールデンコンサートで、日本の歌も演奏なさるというのはとても楽しみです。福島さんの歌う日本語の歌は「言葉」がしっかり明瞭なのに淀みない清流のように美しいですね。特に《森の水車》が大好きです。「♪ 緑の森の彼方から 陽気な歌が聞えます あれは水車のまわる音 耳をすましてお聞きなさい。コトコトコットンファミレドシドレミファ…」って、水車の廻る音が間近で聴こえてくるようで、とっても幸せな気持ちになりますから。
ぜひまたいろいろお話聞かせてください。

歌は美しかった ラジオの時代 福島明也(バリトン)服部真理子(ピアノ) 「ラジオの時代」より ♪森の水車 ♪朝だ元気だ DENON コロムビアミュージックエンタテインメント(株) 視聴する 視聴する