2005年の新日鐵音楽賞に続き、昨年は出光音楽賞を受賞し、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの歌手、木下美穂子さん。今年からは活動拠点をローマからニューヨークに移し、ますます目が離せない木下さんに、日常のことから海外での音楽事情などについて色々伺いました。
4歳からピアノを習っていましたが、歌うことは小さい頃から大好きでした。母が声楽を学んでいた関係で、ある日母に連れられて行った演奏会で、ステキなドレスを着ている歌手をみて、「私は絶対にあれがいい!!」と思ったのを覚えています。これが歌手になりたいと思ったきっかけです。歌手の方が舞台袖から出てくるあの瞬間が、小さい時からとても楽しみにで、ワクワクしていました。
冬場の風邪対策、夏場の冷房対策と、一年中気をつけなければならないので、やはり体調管理は大変ですね。うがい・手洗い・そして鼻うがいも毎日欠かしませんし、夏の冷房対策のため、いつも喉の保護のためのスカーフと一枚上着を持ち歩いています。
よく歌い手が集まると、「このビタミンが喉によい」とか「喉の疲れにはあのお茶!」とか、この手の話になります。イタリア人の歌い手に薦められて愛用している「Rino BALSAMICO(鼻のバルサミコ)」というオイルがあるのですが、これは粘膜の乾燥にきくもので、飛行機・電車の移動中、ホテル滞在の時にいつも持っていきます。あと、一番大切なことがメンタル的なこと。良いコンディションを保つためにとても重要ですから、なるべくストレスをためないようにして、ウォーキングをしたり毎晩ストレッチなどしています。
ニューヨークは、METとシティオペラを中心にシーズン中はほぼ毎日オペラ上演をしていますし、公演も非常に前衛的なものからオーソドックスなものまであり、とても勉強になります。またイタリアではあまり上演されない演目も数多くやっていますので、今後の私のレパートリーにとても興味深く思っています。
イタリアで出会った素晴らしい先生方からの縁で、いろんな方からレッスンを受けていますが、その中でもイタリアでは経験のなかったディクションのコーチとのレッスンは、とても興味深いです。イタリアでは、イタリア語を話すことは当たり前としてその前提でレッスンを行っていますが、このディクションの先生は、ある意味日本人と同じ外国人(アメリカ人)にイタリア語を教えることをプロとしている方なので、この先生と勉強をするようになって、より言葉からの表現が増すようになったと思います。
その先生、とっても熱くて情熱的なレッスンをする方で、人間的にも暖かく私は大好きな先生なんです。演奏活動は、イタリア同様そう簡単なものではありまんが、今年から来年にかけニューヨークとロンドンでコンサートの出演が決まっています。今後アメリカを中心に歌って行きたいと思っています。そのためオーディション、オーディションの日々になりそうです。
いろんな共演者の方やプロダクションがあり、それぞれの公演、とても印象深いのですが、その中でも一番緊張感のあった舞台が2006年のソフィア国立歌劇場の『蝶々夫人』です。突然電話がかかってきて、バタバタと準備をして2日前にソフィア入りしましたが、すでに初日を迎えていたので、指揮者との合わせ稽古とリハーサル室での段取り稽古のみで、本番で始めて舞台に登りました。それぞれの幕間に、小道具の確認と場当たりをして・・・という感じでしたので、本番中の舞台の上は、小声でイタリア語が飛びかっていました。
2幕の一番の見せ場であるピンカートンの船が入ってくるシーンで、急いで舞台上手にある大きな橋の上に走っていくところ、私は望遠鏡を忘れて走っていってしまったのですが、スズキ役のブルガリア人の歌手が、「ほらほら、大慌てで走っていくから・・・これをお忘れよ!」というような演技をしながら持ってきてくれたりと・・・。もうアクシデントがたくさんの公演でした。後になって思い返すと笑い話ですが、そのときはかなり緊張感のある公演でした。それが一番印象に残っている公演です。あと、役としてとても魅了的だった作品が、『外套』のジョルジェッタです。チャンスがあったらもう一度演じてみたい役です。
レオノーラ・ヴィオレッタ以降の久しぶりのヴェルディオペラですので、とても楽しみに準備してきました。このオペラ、それぞれの役のアリアなどはとても有名ですが、オペラ一本としてみると、アンサンブルオペラだと思います。ヴェルディアンサンブルが、単なる声の張り合いになるのではなく、それぞれのキャラクターと感情がアンサンブルとして表現できたら、さらにドラマが深まるのではないかと思っています。
私が演じるアメーリアも、時としてとても印象が薄い役に感じますが、場面場面でどの感情が占めるかが変わってきて、私自身とても興味深いです。アメーリアの恋の苦しみからそれを打破しようとする行動力、そしてリッカルドとの愛を受け入れる瞬間、夫に対する気持ち、子供を想う母親、それぞれの感情の起伏を表現できたらと思っています。
オテッロのデズデーモナは、オペラとして今一番歌いたい役です。海外でもよく、「デズデーモナ」は適役と言われますが、この役を演じることができたらと思っています。また、「ファウスト」のマルゲリータ、「カルメン」のミカエラなどのフランスオペラや、モーツァルト「イドメネオ」のエレットラなんて、歌ってみたい役です。
私が尊敬する歌手ミレッラ・フレーニ、彼女のように息の長い歌手を目指して、あるときは冒険しつつも慎重にレパートリーを広げていきたいと思っています。今の私にとって"歌"は、すべてです。
後輩にアドヴァイスするほど私も歌手としてまだまだ駆け出しですが、日常生活の中から常にアンテナを立てて、生活していきたいと思っています。いろんな方々のお話の中や日常の何でもないものの中にも音楽のエッセンスがたくさんあるような気がしていますので・・。
写真提供:財団法人東京二期会 撮影:鍔山英次
木下美穂子の"今"を聴きにいこう!
木下美穂子は9月に東京二期会オペラ劇場公演「仮面舞踏会」にアメーリア役で出演いたします。木下美穂子の"今"を感じることのできる注目の公演、見逃すことはできません。ぜひ会場に足をお運びください!
詳しくは、東京二期会ホームページをご覧下さい。