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〜福井敬 CD「君を愛す」リリースにあたって〜
二期会のみならず、日本を代表するテノール福井敬(ふくい けい)が待望のリサイタル・アルバムを 二期会21=ディスク・クラシカ共同レーベルから昨冬リリースした。
選曲の理由や、音楽に対する熱い思い、これまでの音楽家人生の中で共演してきた恩師のことなど、CDの魅力につながるエピソードをじっくりと聴いた。
(質問1)
今回CDの録音やその選曲にあたって、どのようなことを心がけられたのでしょうか。
このCDには私が日ごろのリサイタルで歌っている曲を収録しました。もちろんライブのコンサート会場の雰囲気も好きなのですが、CDの場合は購入してくださったお客さまが、私のCDをご自宅で聴いてくださる様子をイメージしながら、そのお客さまのためだけに語りかけたい、その方のためだけにお聴かせしたいという気持ちで録音しました。
そしてオペラ・アリアだけではなく、古典ものから近代ものまで、自分自身の中の色々なレパートリーを披露させていただきたいと考え、このような選曲になりました。
(質問2)
第1曲目に「君を愛す」(グリーグ)を収録されたことにも福井さんのお考えがあると伺いました。
この曲はリサイタルでもいつも冒頭に歌っています。会場に聴きに来てくださったお客さまへの敬愛と感謝の気持ちを込めています。
そしてどのような歌にもさまざま愛のメッセージ込められています。
それは愛する人への愛であり、また音楽に対する愛でもあるのです。
(質問3)
それでは2曲目以降の曲についても、ジャンルごとに選曲された理由をお聴かせ下さい。
まずイタリア古典歌曲(「陽はすでにガンジス川から」「教会のアリア」)ですが。
声楽を志す者には、「古典に始まり、古典に終わる」という言葉があります。それだけ基本的なスタイルなのです。しかし内容的には劇的な要素が含まれている上、ロマン派の作品がリアルタイムでの表現様式であるのに対して、イタリア古典歌曲には時間の流れを超越した「神への愛」が込められているのです。
こうしたことから実は演奏がたいへん難しく、私も年月を経るごとにその難しさを実感しています。そんなこともお感じになりながら、イタリア古典の代表的な2曲をお聴きいただければと思います。
(質問4)
次のトスティの歌曲作品( 「理想の人」「暁は光りから」「別れの歌」)ですが、福井さんもたいへんお好きと伺っています。
トスティはオペラを作曲せず、数多くの歌曲を書いた人ですが、その作品はまさにイタリア的な光にあふれています。イタリアと言えばどうしてもオペラのイメージになりますが、トスティの歌曲が持つ繊細な世界観も是非味わっていただきたいと思います。
選曲した3曲は私が特に好きな作品です。
(質問5)
フランス語の歌曲を2曲ほど選曲されていらっしゃいます( 「エレジー(悲歌)」「夢のあとに」)。特徴はどんなところにあるのでしょうか。
フランス語の歌曲には、イタリアの歌曲とは異なる、深みと奥行きのある、そして翳(かげ)のある世界があります。私にはそういう世界も覗いてみたいという気持ちがあるのです。
実際に、イタリア語の歌曲に比較して、フランス語の歌曲はその中で使われている語彙の数が多く、そのぶん表現も複雑になっています。
リスナーの皆さんにはこうした点にも是非耳を傾けてほしいですね。
(質問6)
福井さんとは切っても切れない関係にあるプッチーニの歌曲も3曲ほど取り上げられています(「太陽と愛」「大地と海」「偽りの約束」)。
プッチーニは歌曲も書いているのですが、その歌曲の中にはオペラとお互いに呼応関係にあるものが存在しているのです。たとえば「太陽と愛」の中の旋律がオペラ「ラ・ボエーム」の中で使われているのも大変興味深いところです。
また「偽りの約束」は、若き日のプッチーニが試験曲として作曲して提出した作品なのですが、「歯痛がひどくて夜、落ち着いて作曲できませんでした。」などいう、言い訳めいたメモが譜面の後ろのほうに書かれてあったりするのです。大作曲家プッチーニの出発点とも言える作品ですね。
(質問7)
そしてテノールと言えば、その声の醍醐味はやはりカンツォーネで披露されますよね(「マリウ、愛の言葉を」「忘れな草」「彼女に告げて」「つれない心(カタリカタリ)」)。
福井さんはカンツォーネをいつもどのようなお気持ちで歌っていらっしゃいますか。
カンツォーネはまさにイタリア人の心であり、イタリア人の心の中にある思いです。
私のイタリア留学中にも、イベントで呼ばれた楽隊が窓辺でカンツォーネを演奏しているシーンをよく見かけました。それだけイタリアの人々の日常に根づいているとも言えるでしょう。
カンツォーネの多くの曲は、恋愛で男性がふられる内容が多いのです。ということで短調で始まるのですが、途中で転調して明るい感じで終わることが多いのです。
このへんにもイタリア人の明るい気質がよく出ていると思います。
選曲した4曲は名曲中の名曲であり、カンツォーネベスト4とも言えると思います。
(質問8)
アルバムの最後には、福井さんならでは、ということでプッチーニのオペラ・アリアが並びました( 「妙なる調和」「誰も寝てはならぬ」)。
私にとって、プッチーニのオペラは生涯を通じて取組んでいきたいライフワークとも言えるものです。この2曲は本来の自分の声によく合っている作品です。
「誰も寝てはならぬ」は、オリンピックで荒川静香さんが有名になる以前から何回も歌ってきた曲ですが、『トゥーランドット』はヒロインのトゥーランドット姫の氷のような冷たい心が、カラフの愛情によって溶かされていくという深い意味のオペラです。
私は、荒川さんがこの曲の流れている中で氷上を滑っているのを見て、この曲の素晴らしさだけではなく、このオペラ作品が持っている内容の深さも相俟って、荒川さんは桧舞台で素晴らしい選曲をされたな、と実感しました。
(質問9)
最後に置かれている「ビー・マイ・ラブ」も福井さんのリサイタルでの定番曲ですが、この曲と福井さんの出逢いを教えていただけますか。
もともとマリオ・ランツァという、アメリカで活躍していたテノール歌手が「歌劇王カルーゾー」という映画の中でカルーゾー役を演じ歌っていた曲です。ランツァが歌っているCDを聴いてその素晴らしさに惹かれ、歌ってみたいなと思ったのです。
ピアノのアレンジがシンプルでありながらとても素敵です。
(質問10)
ピアノを弾いてくださっている谷池重紬子(たにいけ えつこ)さんは、リサイタルをはじめ今まで数え切れないほどご共演されていらっしゃいますが、福井さんにとってどのような方でしょうか。
谷池さんとは私の研修所時代からお付き合いさせていただいています。私の今ある音楽は谷池さんと一緒につくりあげてきたと言っても過言ではありません。演奏会ごとにテンポや音色といったことはもちろん、音楽の盛り上げ方まで大変貴重なアドヴァイスをくださるのです。思っている音楽をお互いに感じることができる、自分のやりたいと思っている音楽づくりをわかってくださる、絶対的に信頼できる方です。
今回の録音もご一緒することができてとても感謝しております。
(質問11)
CDブックレットの巻頭には若杉 弘さんが、福井さんが衝撃的なデビューをされたNHK交響楽団定期公演でのエピソードを披露してくださりながら、今回CDリリースにあたってのコメントを寄せてくださっています。若杉さんとの印象的な思い出がありましたらご紹介ください。
そしてマエストロとは去る2月の東京二期会『ダフネ』でもご共演されたばかりですね。
わたしが音楽家として今こうしていられるのは本当にたくさんの方に支えてきていただいたからなのですが、中でも演出家の栗山昌良先生と並んで本当にお世話になった方が若杉マエストロであり、師匠とも言うべき存在でいらっしゃいます。
デビュー当時、未知数の私をあえて起用してくださり、ゼロから育てていただいたのです。
そして折あるごとにレパートリーにしていくべきものについても、その時々にお声をかけてくださいました。
またびわ湖オペラでは日本初演のヴェルディ作品の上演を数々ご一緒させていただいたのですが、毎回ゼロから役の人物をつくりあげていかなければならない困難な作業に直面しました。そういった中で基本的な方向性を示してくださりながらも、役づくりなどはまかせてくださり、歌い手にも敬意をもって接してくださるのです。
マエストロにとってリヒャルト・シュトラウスの作品は重要な柱ですし、また日本初演でもある『ダフネ』をご一緒できたことはとても幸せでした。世紀末特有のきらびやかな音の洪水の中で、アポロ役の存在感を示すのは大変な作業でしたが、マエストロの棒にかかると、その音の洪水の中からシュトラウスの音楽のフォルムが明確に浮かび上がってくるのです。
またH・アール・カオスの大島早紀子さんを演出に迎えての舞台は、舞踏と音楽の融合がとても新鮮で、今後のオペラの方向性のひとつを示しているのではないかと思いました。
(質問12)
9月には東京二期会『仮面舞踏会』でリッカルドを演じられます。お客さまにはどのようなお気持ちで聴いていただきたいですか。
あわせて今後の抱負などもお聞かせください。
『仮面舞踏会』は、ヴェルディの作品の中でも大人の恋愛や苦悩を描いた作品です。
今より若かったら演じられないと思います。この年齢になったからこそ演じることのできる役であり、地位のある男の複雑な内面を表現したいと考えています。
お客さまには大人の上質の音楽を堪能していただきたいですね。
ヴェルディ、プッチーニのオペラは全作品やってみたいですね。
変化に富んでいるプッチーニの作品はもちろん、ヴェルディについて言えば、びわ湖での作品が上演頻度の低い作品でしたので、これからはスタンダードな作品に出演できればいいですね。とくにオテロは演じてみたい役です。
そしてこのふたりの作品を中心に、是非オーケストラの伴奏でオペラ・アリアを録音したいものです。
またオペラだけではなく、日本人の歌い手として、日本語の歌曲の演奏にもいっそう積極的に取組んでいきたいと思います。
そしてこの場をお借りして、今回CD制作にあたって格別なるご支援をいただいたグレース西藤道子さんにもあらためて御礼申し上げたいと思います。グレースさんは日ごろより若い演奏家に演奏の場を与えてくださり、私自身もイタリア留学から帰国以降、ずっとご支援いただいています。
グレースさんの社会に奉仕なさるお気持ちはとても尊いもので、いろいろなかたちで二期会も同じようにチャリティーの輪を広げていければいいのではないかと思います。
今までもたくさんの皆さまのご支援、ご指導があって歌ってくることができました。
これからもその感謝の念を心に込めながら、ひとつひとつのステージの上に立って、歌っていきたいと思います。
以 上