取材・文 = 高坂はる香
―イタリア・オペラを得意とされる一方、近年はマーラーの交響曲や、びわ湖ホールプロデュースオペラのワーグナーシリーズなど、ドイツ語作品でも活躍されています。
私が声楽的な基礎として大切にしているものはロッシーニにありますが、そのコロラトゥーラのテクニックは、ヴェルディ、さらにはワーグナーを歌ううえでも役に立っています。もちろん、ドイツ語については言語指導の先生についてしっかり勉強する必要がありますが、歌う技術の基本的なことは、全て共通しているのだと実感していますね。ワーグナーの公演の日でも、楽屋ではロッシーニを歌っています。
昨年は、ワーグナーでも共演させていただいている沼尻竜典さん指揮のもと、マーラーの「大地の歌」でソリストを務めました。マーラーの交響曲の中でも特別な作品ですから、最初お声がけいただいたときは、私でいいのかしらと思いました。でも実際に取り組んでみると、もともとイタリア作品でレスピーギやザンドナーイといった、詩と深く結びついた近代の作品に取り組んできたこともあって、すんなり入っていくことができました。音楽で語ることを体得し、逆にまたロッシーニを歌ううえでプラスになる部分もありました。
日本の指揮者では、同年代で、やはりロッシーニを得意とされている園田隆一郎さんとの共演も多いです。彼は4年ほど前、ロッシーニの『セミラーミデ』で、コントラルトの役であるアルサーチェを歌わないかと声をかけてくださいました。30代の頃には、私の声には音域も低くて難しいと思った役ですが、園田さんの指揮で、今ならできるかもしれないと思ってお引き受けしました。実際にやってみて、年齢とともに歌える役が広がってきていると知ることができました。
自分には無理だと思っている作品も、「できるんじゃないですか?」と声をかけていただくことをきっかけに挑戦すると、良い結果が生まれるのだなと実感しています。
東京フィルハーモニー交響楽団 2019年6月定期 マーラー「大地の歌」
(写真提供:東京フィルハーモニー交響楽団/撮影:寺司正彦)
―5月31日には、二期会デイズの第3日「タイトルロールな歌姫たち」に出演され、ロッシーニ『セビリアの理髪師』から「今の歌声は」、ドニゼッティ『ラ・ファヴォリータ』から「ああ、私のフェルナンド」を披露されます。
メゾ・ソプラノのベルカントでタイトルロールの作品は限られているのですが、その中から、ずっと歌い続けていきたいロッシーニの作品、そして、ロッシーニばかり歌っていた20代の頃でも大好きで歌っていた、ドニゼッティの『ラ・ファヴォリータ』を取り上げることにしました。私にとって、原点に戻ることができる曲です。ファヴォリータは、とても魅力的な女性。いつかオペラの舞台で全曲を歌ってみたいですね。
―ところで、ご自身で、メゾ・ソプラノならではのキャラクターを自覚することはありますか?
ありますね! 一歩引いて支えることが好きなので、メゾで良かったと思います。音楽の中でももちろんそうで、真ん中のパートを歌うことが大好き。小、中学校は吹奏楽部でトロンボーンを担当していましたが、花形のトランペットの隣で、ハーモニーとなる音を鳴らすことに喜びを感じていました。オペラでも、メゾ・ソプラノには“2番目の女性”のような役柄が多いですけれど、それがまた魅力的なんです。
―今後、音楽家としてこんなふうに歩んでいきたいという想いはありますか?
良い歌を歌っていきたいです。自分が思う良い歌とは、単に良い声というだけでなく、しっかりと心のある歌であるということ。テクニックがあるうえで、人間の感情や呼吸が乗った歌が歌えるようでありたいと思います。それこそが、ベルカントだと思います。
すばらしい作曲家の作品は、真っ直ぐに読めばそのまま心に入ってくるものです。そのために、自分自身がストレートにいろいろなものを受け入れ、出してゆける演奏家でありたいと思います。