2016年『イル・トロヴァトーレ』マンリーコに急遽代役出演したのが二期会デビュー。これが大成功で迎えられ、その後も『トスカ』カヴァラドッシ、『ノルマ』ポリオーネ、『椿姫』アルフレード、『アイーダ』ラダメス、『カルメン』ドン・ホセなど東京二期会ほか主要プロダクションで主役に立ち続けています。
今年に入って新国立劇場『さまよえるオランダ人』エリックに代役出演し、ワーグナー・デビューも果たした城。来年2月には、ついに『トゥーランドット』カラフも控え、今最も波に乗るプリモ・テノールです。真摯な歌い口から切々と訴えてくるような抒情性は、城ならではのもの。『蝶々夫人』を前にして、話を聞きました。
2016年2月 東京二期会オペラ劇場『イル・トロヴァトーレ』より マンリーコ役(撮影:三枝近志)
――ピンカートンは、どのような役、人物でしょうか。
城: アメリカ海軍の若き士官で、階級は中尉です。祖国には許嫁がいながら、赴任先の長崎で芸者の蝶々さんと仮初(かりそめ)の結婚をしてしまいます。結婚は「999年間」の契約で、家まで借りて「100円」を支払ったのだと、悪びれる様子もなく領事シャープレスに伝えるピンカートン。善良なシャープレスは、彼の軽はずみな行動を注意しますが、ピンカートンは全く聞く耳を持ちません。そこへ、長崎の丘を登って盛大な花嫁行列が...。ここに、後の悲劇を招くピンカートンという人物の欠点が見えます。若さ故なのか、はたまた生粋のヤンキーの性分なのか、彼は目の前の快楽を味わう事以外には考えが及ばないのです。嵐を呼ぶ男と言えば聞こえが良いので、「立つ鳥跡を濁す」これが、都合が悪くなるとお茶を濁す彼にはピッタリ。
――あまり褒められたキャラではないピンカートンを城さんがどう作りあげるか興味あるところですが、この役の見せどころ、聴かせどころを教えてください
城: ピンカートンは決して悪役ではありません。かと言って、単純な二枚目でもないんですね。改訂版ではしっかりと反省して(懺悔のアリアを歌って)、袖に下がります。実は、この役の見せどころは、そんなどっちつかずな優柔不断なキャラクターにあるのかも知れません。金払いのいい豪快な軍人でありながら、異国の女性に惚れ込んでしまった哀れな若者であり、そして、用が済んで熱が冷めればせっせと仕事に戻って、祖国で嫁さんを捕まえて長崎へ舞い戻ってきてしまうという......言うなればまさに女たらし、そして人たらし。堅実な仕事人シャープレスとは反対で、やる事が全て裏目、裏目にでて、最後はまるで自分の靴の紐を踏んで坂を転げていく様なもんです。でもね、他人事に思えないのは何故でしょう。きっとリアル(現実)にこういう人って居るんですよ。Dovunque al mondo,どの世界でもね。
2017年2月 東京二期会オペラ劇場『トスカ』より カヴァラドッシ役(撮影:三枝近志)
――ピンカートンは、目の前の人や物事に対してよくしようとするあまり、結局辻褄が合わなくなってしまうという。今の城さんの解釈を聞いて、ピンカートンという人物のリアル度が増したように感じました。実は今の「日本の優しい男子」というほうがリアルかも(?)
城: この役の聴かせどころはずばり「愛の二重唱」。これは本当に美しい。ピンカートンの旋律からも本物の愛の香りがします。それが唯一、この人物の「救い」なんですよね。
――おそらく蝶々さんへの想い「だけ」は本当だったのでしょうね。でも、帰国すれば、本当の妻にも本当の愛があって。優しさゆえに行動には責任がないといいますか......。そのほかで、城さんが『蝶々夫人』で好きなところはどこでしょうか。
城: まず、ひとつ(笑)。シャープレスの再婚の勧めに「ああ、彼は私を忘れたのかしら」と嘆いて、一度奥に引っ込む蝶々さん。この後のシーンは、涙なしに観劇したことは一度もありません。好きとか嫌いとか、そういう話ではない。正にカタルシスですね。
ふたつめ!先程、第1幕の「愛の二重唱」の話をしましたけど、第2幕以降、この愛の旋律が幾度となく繰り返されるんです。涙を流した後、まるで音の波で追い打ちをかけるように。
ピンカートンの乗船するアブラハム・リンカーン号が長崎に入港してきた後、蝶々さんは「彼は帰ってくる、そして私を愛してる!」と叫びます。この時に壮大に流れるのは愛のテーマ。出迎えのために婚礼の夜の帯を締める時も、そう。ここは愛の宵のテーマ。ピンカートンを想う度、健気なまでの愛の芳香が、旋律から満ち溢れるんですよね。人を信じるとは、正に陶酔である。それを、プッチーニは「愛」のテーマを流用して観客に伝えています。時にそれは耽美的ですらあります。
2020年2月 東京二期会オペラ劇場『椿姫』より アルフレード役(撮影:三枝近志)
――第1幕のラストを飾るテーマが第2幕以降に展開していくのですね。私たちがこの悲劇を、本当に切なく感じてしまうのは、プッチーニによるこのテーマの「仕掛け」があるように思いました。さて、城さんは、蝶々さんと同い年である高校時代をどのように過ごしましたか?
城: 15歳というと、丁度クラシック音楽を始めた頃ですね。18歳で大学に合格し上京するまで、音楽科のある地元の高校に通っていたのですが、この3年間は本当に無我夢中でした。たとえるなら、泳げない子が音楽の海に飛び込んで、初めは溺れかけていて、手取り足取り教えていただいて3年かけて少しずつ泳げるようになった、と言う感じです。だから、音楽を奏でながら、まず呼吸が出来る様になるのが、第一の目標でした。声楽ですから、呼吸するのは当然といえば当然なんですけど(笑)。
――泳のたとえがすごくわかりやすいですね!息継ぎも上達していく、と。
城: 青春を謳歌するって言うイメージは、この時期の自分の中にはありませんでした。掴んだ、音楽という「生きがい」を、決して離さないように、見失わないように。周りのサポートのお陰でなんとか大洋に出る事が出来た、そういう3年間でした。今思えば、あの頃の僕は何か大きな愛で守られていたんだと思います。
――最後に、本番に向けての意気込み、メッセージをお願いいたします。
城: 作曲家プッチーニが求めた、究極のリアリズム。日本の古典美を踏襲しつつ、人物の内面まで深く写してしまう栗山先生の『蝶々夫人』は、真の日本の宝です。今、継承しなくては失われつつあるその美学を、チーム一丸となって過不足なくお客様に届けたいですね。「お前が言うな!」とお叱りを受けるかも知れませんが、ピンカートンが愛した可憐な蝶々さん...その美しくも壮絶な人生を、その最後の一息まで間近で感じていただきたいと思います。
新国立劇場を舞台に全編イタリア語で紡ぐ、悲劇マダマ・バタフライ。現代最高の熱血オペラ指揮者、アンドレア・バッティストーニの指揮のもと、舞台史にその名を刻む不朽の名作を、東京二期会が心を込めてお送りいたします。どうぞ、お楽しみください。
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▼『蝶々夫人』公演情報ページはこちら
・2022年9月公演 G.プッチーニ『蝶々夫人』 - 東京二期会オペラ劇場
2022年9月8日(木)18:30、9日(金)14:00*、10日(土)14:00、11日(日)14:00* 新国立劇場オペラパレス
指揮:アンドレア・バッティストーニ/演出:栗山昌良/管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部
*…ピンカートン 城 宏憲 出演日
主催:公益財団法人東京二期会
共催:公益財団法人新国立劇場運営財団、公益財団法人日本オペラ振興会
●公演のご予約・お問合せは《発売中》
二期会チケットセンター 03-3796-1831
(月~金 10:00~18:00/土 10:00~15:00/日祝 休)
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