公演後記 R.シュトラウス最期のオペラ『カプリッチョ』

11月の連休中(20日~23日)、日生劇場に於いてリヒャルト・シュトラウス作曲『カプリッチョ』を上演致しました。
ジョエル・ローウェルスの演出ノートから
1942年(この『カプリッチョ』が作曲された年)という年の政治状況を鑑みれば、シュトラウスにとって作曲活動は困難を極めたはずである。またこの年には旧友のシュテファン・ツヴァイク(*)が、ヨーロッパの未来に絶望して自らの命を絶つという傷ましい出来事もあった。
(*)…編集者注:才能豊かなオーストリアの作家
R.シュトラウスが、最晩年に、この世に遺していった『カプリッチョ』。音楽か言葉か、一つをとれば、一つを失う、二つは一つ、その意味を深く問いかける公演となりました。
その舞台をご紹介します。
☆印…20・22日組キャストから(撮影:鍔山英次)
★印…21・23日組キャストから(撮影:三枝近志)

連合軍の爆撃を受けて、廃墟となったパリの邸宅に、フラマン(望月哲也=左)とオリヴィエ(石崎秀和)がやって来て、憧れの人に捧げた楽譜と詩、それに肖像画を隠します。二人はユダヤ人で、ヒットラー率いる秘密警察に追われています。 


劇場支配人ラ・ロシュ(山下浩司=左前)、音楽家フラマン(児玉和弘=右)に、詩人オリヴィエ(友清 崇)。新しいオペラブッッフォを作ろうと盛り上がっています。 


気心知れた兄伯爵(成田博之)と妹の伯爵令嬢マドレーヌ(釜洞祐子)。哲学者、ということになっているけれど、なかなか洒落っ気もあり、恋にも気楽な伯爵と、チャーミングで快活、そして芸術に非常に深い共感を示す妹。親密でまた教養あふれる当時の貴族のサロンをのぞいている気分になります。 


女優クレロン(加納悦子=中央右)に夢中の兄(初鹿野 剛=中央左)と、その兄をからかう妹の令嬢(佐々木典子=中央)。 


思いを寄せる女優クレロン(谷口睦美=左から2番目)の登場に、嬉しさいっぱいの伯爵。谷口は、ミステリアスで魅惑的な女優を見事に演じ、その飲みっぷり、女優っぷりに客席も盛り上がります。 


美しいものにすぐに熱を上げる伯爵は、花のようなバレリーナ(伊藤範子)に、さっそく関心を示し、せっかく少し気を許したかのようなクレロンの機嫌を損ねます。 


一心不乱に床を掃き、窓を磨く─伯爵家の兄妹が幼い頃からこの家に長く勤めているのであろう年老いた召使い(久保たけし=中央後姿)。ついつい眠り込んでしまうこともあるけれど、小さな踊り子たちに優しい、その不思議な存在感に、次第に惹きつけられたお客様も多いのでは? 


小さな踊り子たち。 


イタリア人歌手たち(羽山弘子と渡邉公威)。何事も大げさなイタリアオペラを風刺して、ちょっぴり皮肉に、ユーモラスに描かれていました。 


作曲家フラマンと詩人オリヴィエは二人ともマドレーヌに心を奪われています。マドレーヌはそのことを知っていますが、きっと二人とも愛していたのです。でも今は作曲家が少し優勢の様子。 


R.シュトラウス・オペラの麗人といえば、佐々木典子。気品溢れる歌唱は、舞台をより格調高いものへと導きます。
─オーストリア留学時代に、身分ある方々とお会いする機会がたびたびありました。「その洗練された物腰、話しかける時の頭の角度や手の仕草などは、舞台に立つ度蘇る光景です。でも彼女たちの心の奥までは判りませんでした。私は結局、シュトラウスのオペラでその内面を覗き込んでいるのです」─ぶらあぼ11月号より 


クライマックスの八重唱。 


劇場支配人ラ・ロシュ(米谷毅彦=右)の大演説は超難曲。見事なドイツ語さばきで、貫禄を示しました。 

★ 
プロンプターは、お客様には目立たないように台詞(歌詞)を伝える役割。
舞台上の役者や歌い手に、絶妙のタイミングで、きっかけを囁きます。
この『カプリッチョ』に登場したプロンプター(ムッシュ・トープ=もぐらの意/森田有生)は、R.シュトラウスその人となって表わされました。 


ナチスがユダヤ人である印(黄色い星)をつけたフラマンとオリヴィエを連れ去ろうとしますが、ラ・ロシュが巧みに切り抜け、二人を逃がします。 


明日の11時に、と言い交わして別れたフラマンも、オリヴィエも、二度とマドレーヌの前に現れることはなかったのです。だれもいなくなってしまったサロンの跡で、年老いたマドレーヌの回想として描かれた終幕。 

例えようもない美しさ、はかなさ、そして失った者への深い哀感を繊細に表現した沼尻竜典の指揮と東京シティ・フィルの音色でした。
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2009年11月公演『カプリッチョ』- 公演記録|東京二期会

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