歌手の声質 ー オペラの制作現場からNo.19

  しばらく「オペラの制作現場から」のテーマでのブログ投稿を怠っていました。また、少しづつ書き続けていきたいと思います。最初にもお書きしたように、このシリーズの主旨はオペラの舞台の表・裏で進むいろいろなトピックスを、折に触れてご紹介するというものですが、さぼっている間にもオペラ制作はずっと進行しており、今は、日生劇場開場45周年記念公演『マクロスロス家の事』の立ち稽古が佳境を迎えています。
 今日の話題は「歌手の声質」、すなわちソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バスという大きな意味での声質に加え更に踏み込んだ分類について触れたいと思います。オペラの演目で要求される声は、その役柄に応じた声質が要求され、強さによる区分け、歌唱テクニックによる分類などが加わります。レッジェーロ、リリコレッジェーロ、リリコ、リリコスピント、スピント、ドラマティコなどという一連の区分けや、声の強さばかりでなく、スーブレット、コロラトゥーラなど声の性格で区別することもあります。
 スーブレットはフランス語で「お手伝い」や「利口で抜け目のない小娘」といった意味を持つように、充実した明るい中音域を持つレッジェーロやリリコレッジェーロの声で、生き生きと歌うことが要求されます。一方、コロラトゥーラは早い修飾を持ったパッセージを高度な技術で歌いこなすことが要求されます。一般に超高音での装飾唱法が多いのですが、アジリタといわれる唱法では超高音に限らず、ロッシーニのオペラに多い短い音符で書かれたパッセージを正確に歌うことも広い意味でのコロラトゥーラの技法です。
 スーブレットとは古いフランス語で「小間使い」や「はすっぱできびきびして、ずるい企みなどをする小娘」を表していることばで、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナ、『コジ・ファン・トゥッテ』のデスピーナなどがそれに当たります。コロラトゥーラとは装飾音のついた高音の早いパッセージなどを歌いこなすことが要求され、『魔笛』の夜の女王、『ナクソス島のアリアドネ』のツェルビネッタなどが典型的な役柄です。
 テノールやバリトンにも同じような分類がありますが、ヘルデンとよばれる極めて強い声が要求されるオペラがあり、ワーグナー、ヴェルディ、R.シュトラウスなどのオペラにその役が出てきます。ヘルデンとは英雄的という意味で、『トリスタンとイゾルデ』や『オテッロ』などで要求される声質です。
 日本人歌手はその特性としてレッジェーロやリリコレッジェーロ、つまり明るく軽い声が多かったと長い間言われてきました。しかし最近は、強い声を得意とする人も多くなり、リリコや、さらにはヴェルディやワーグナーのオペラで要求されるスピントでも、かなり充実した陣容が揃うようになりました。これは戦後の栄養状態,特に蛋白質の摂取状態の好転によって体格のいい子供たちが多くなったように、声帯も強い声を出す力が備わってきたとともいわれますが、それだけではなく、多くの歌手たちが比較的簡単にヨーロッパに留学するようになり、そこでしっかりしたメソッドでテクニックを身につけることができるのようになったのも、大きな変化ではないでしょうか。
 一人一人の声を聴きながら、以上のような声の特徴を知った上で役柄を考えるのはプロデューサーや芸術監督の重要な役目です。しかし選ぶ人の主観によって各出演者間の声のバランスやアンサンブルを考えていくわけで、なぜこの役をこの声で?と考えてみるのも、オペラ鑑賞の楽しみの一つだと思います。(常務理事 中山欽吾)

 
 

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