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ピックアップアーティスト Vol.42 加耒 徹の今

Interview | インタビュー

取材・文 = 高坂はる香

―2018年の秋には、長年サポーターとして応援しているアビスパ福岡の試合前、ピッチに立ってチームのチャントを歌われました。

 これは本当に光栄な出来事でした。中学生の頃から応援していたチームからお声がけいただき、いつも客席から見ていたスタジアムのピッチに立って歌うことができて、本当に嬉しかったです。歌をやっていてよかったと感じた瞬間でしたね。
 それに、これをきっかけにアビスパ福岡のサポーターの方達が私のコンサートに来てくれるようになって、これもとても嬉しいことです。「アラジン」には、10人くらいのサポーターがユニフォームを着て聴きにきてくれました。公演のあとは、千葉のスタジアムにアビスパ福岡の応援に行ったそうです(笑)。

アビスパ福岡のホームスタジアム“レベルファイブ スタジアム”にて(2点とも)

―サッカー選手を見ていて、声楽家と共通点を感じることはありますか?

 サッカーはチームスポーツで、一人が極端に上手でも全然うまくいきません。みんなで計算しながらフォーメーションを守って動くことが必要です。歌についていうと、楽譜に添い、作曲家の意図を再現することがまず最も重要で、自分の個性を出すことは大切だけれど、それを出しすぎてもいけません。このあたりに共通点を感じます。
 一方で、音楽と違ってスポーツでははっきりと勝敗が決まるので、選手たちの勝負に向かうメンタリティから学ぶことは多いです。

―ご自身でもフットサルをされるそうですね。

 はい。以前は仲間を集めて、月1回はフットサルをしていたのですが、最近は本番前だと怪我が心配ということもあって、3ヶ月に1回くらいですね。歌とは違う体の使い方で体幹が鍛えられるので、これが音楽に生かされることもあると思います。
 ……フットサルの話をしていたらすごくやりたくなってきてしまいました! このあとすぐにコートを予約しようと思います(笑)。
 ちなみに、演奏家でフットサルが好きな人は結構いるんですよ。ピアニストがキーパーを率先してやりたがると、こっちが気を使うから勘弁してくれよと思ってしまいますが。

―ところで最近、「ミスをしないことを求める日本のサッカー教育」の問題点を話題とされていましたね。これについて感じることがあるのでしょうか?

 これはとても重要な話です。私自身、以前はミスしないよう、完璧な演奏を心がけていました。でも、ミスしないことを意識してしまうと、余計な力が入って、音楽が閉じこもったものになってしまうのです。
 もちろん、ミスをしないにこしたことはありません。でもそれよりも、心から楽しんで作品と向き合う気持ちを大切にするほうがいいのではないでしょうか。むしろ、万が一ミスをしてしまっても、そのあとに盛り返すことのできるメンタルを育てておくほうが大切です。そこを意識した教育を、音楽の分野でも行っていく必要があると思っています。
 私も、この「ミスを恐れない」ことの大切さを心から理解できたのは、ここ4、5年です。ミスをしてはいけないという考えを切り離したことですごく楽になり、舞台袖での心構えも変わりました。以前は集中して決めてやるぞ!という感じだったのが、今はそのときのお客様を見て臨機応変に楽しもうと思えるのです。
 実際聴いているみなさんも、演奏家がミスを恐れずチャレンジし、それによって生まれる一瞬の芸術を受け取るときのほうが、ワクワクするはずですよね。

―そのように考えが変わるきっかけがあったのでしょうか?

 バロック音楽の演奏経験の影響が大きいですね。あの時代のほとんどの楽器は、完璧なピッチを持つ状態から程遠いものでした。とくに金管楽器など、音がひっくり返ってもそんなことは演奏上問題ではありません。ミスを気にする世界ではありません。
 そもそも、当時の音楽は教会で演奏されるためにあったもの。音楽が流れるなか、集った人々が共に祈りを捧げていました。つまり、完璧な演奏など誰も求めていないのです。祈りを捧げる中で、その時、いかにアグレッシブに音楽に向き合って演奏するか。それこそが大切でした。

バッハ・コレギウム・ジャパン/受難節コンサート2019 マタイ受難曲
(2点とも 写真提供:バッハ・コレギウム・ジャパン 撮影:Hikaru.☆)

 バッハ・コレギウム・ジャパンをはじめ、バロック音楽の演奏家たちと共演するようになって、そんなことを実感するようになりました。

―声楽家は体が楽器ということで、コンディションを保つために心がけていることはありますか?

 フットサルをしたり、走ったり、体を動かすようにしています。
 以前、太らないといい声が出ないと言われて体重を10キロほど増やしたことがあったのですが、一気に太ったせいか、疲れるし、声が思うように抜けていかないし、声が体のバランスについていけずにしばらくスランプのような時期を過ごしました。そこで、その後また体を絞りました。
 結局、自分にとって良い状態の体でベストを尽くすとことが大事なのだと今は思っています。これから歳を重ね、体も変わり、昔とはまた違った歌い方をするようになっていくと思いますが、その変化を楽しみながら成長していきたいと思っています。
 でも、退化だけはしたくありません。常に成長していきたいと思っています。

―今後声楽家としてやりたいことはありますか?

 まずは、今までやってきた曲を深めたいですね。10年前と今では全く違う声になっていると思いますし、改めて楽譜を見たときの発見もあるはずなので、学生時代に勉強した曲でまだ世間によく知られていないロシアやイギリスの歌曲をもう一度勉強し、紹介していきたいです。
 あとは、共演者を集めて、一般の方にも楽しんでいただけるような歌曲のコンサートをプロデュースしてみたいですね。お客様にちょうどいい距離で音楽の魅力を味わっていただけるようなものが理想です。
 「好きなことをしているだけではダメ」と言われることもあります。能力を高めるため、いろいろなことに取り組まないといけないとも思います。でもやっぱり、自分が楽しむということは本当に大切で、それはお客様にも伝わることですよね。だから私は、これからも楽しんで舞台に立ち続けたいと思っています。

おもいで