取材・文 = 高坂はる香
―東京藝術大学大学院修了後は、二期会オペラ研修所マスタークラスで勉強され、二期会のオペラに出演するようになりました。どんな経験でしたか?
二期会オペラ研修所のマスタークラスには、師匠の勝部太先生から勧められて入りました。大学院は独唱科で、あまり学校内で専門的にオペラの勉強をする機会がなかったため、演技の勉強がしたかったことも動機の一つです。ここで基礎を身につけることができました。
二期会は、尊敬してきた先輩方が山ほどいるとても魅力的な環境でした。オペラ公演はリハーサルから雰囲気がよく、同時に緊張感をもって本番のように臨むことができます。キャストが多い公演もあり、いろいろな方の現場を生で見ることができて、学ぶこともたくさんあります。
東京二期会オペラ劇場/R.シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』ハルレキン
(2016年11月 日生劇場 撮影:三枝近志)
東京二期会オペラ劇場/黛敏郎『金閣寺』鶴川
(2019年2月 東京文化会館 撮影:三枝近志)
そして、最近はようやく芝居をすることが楽しくなってきました。歌うということと役に入るということ、両方を俯瞰して意識しながら演じられるようになった気がします。このあたりは、二期会に入って学んだことです。
NISSAY OPERA 2015/モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロール
(写真提供:日生劇場 撮影:三枝近志)
NISSAY OPERA 2018/モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモ
(写真提供:日生劇場 撮影:三枝近志)
―二期会の4人のバリトン(宮本益光氏、与那城敬氏、近藤圭氏、加耒徹氏)によるコンサートが好評だそうですね。
はい、バリトンが4人も揃うコンサートはなかなかないので、貴重だと思います。3人の先輩方はみんなお茶目で、年下の私とも気兼ねなく接してくださいます。憧れのみなさんとご一緒できる機会ですから、きっと私自身が舞台袖で一番楽しんでいるんじゃないかと思います。全員個性が異なり、違った声で音楽を生み出すので、バリトンのいろいろな魅力を存分に楽しんでいただけると思います。
次回は、来年3月12日(木)紀尾井ホールで開催されますので、是非みなさまお越し下さい。
―加耒さんは、バロック音楽から、ロシアやイタリアの歌曲、オペラと、幅広いレパートリーを得意とされています。
大学時代から、みんながやっていないレパートリーに取り組もうとする傾向があって(笑)、私は学部の卒業試験にロシアの歌曲を、大学院の研究ではイギリスの歌曲を選びました。その後ソロリサイタルでも、これまでやったことのない作品を必ず2、3曲入れるようにしていたら、いつの間にかレパートリーが広がっていきました。
―学部時代にロシア歌曲を選んで勉強したきっかけは?
実は、ロシア語のキリル文字が読めたらかっこいいなと思ったことが始まりです(笑)。そこから、ヨーロッパの言語にはない発音などロシア語の魅力に惹かれ、学生のうちに勉強しておこうと思いました。それに、「エフゲニ・オネーギン」や「ボリス・ゴドゥノフ」など、ロシア・オペラではテノールでなくバスが主役の作品が多いことにもあらわれているように、ロシア歌曲には、バリトンの声に合う作品がたくさんあるのです。
勝部先生に相談すると、先生はロシア歌曲が大好きですから、待ってましたとばかりに作品を紹介してくださり、さまざまな曲を勉強することができました。
私はもともと映画でも、ミステリーやヒューマンドラマのような、結末がはっきりせず、考えさせられて終わるものが好きなのですが、ロシア音楽にも同じような魅力を感じます。歌っていても、はっきりと何を歌っているのかわからず、どろっとした感触のまま終わっていく。でもそれを、これは何を意味しているのだろうと考えながら、感じるまま正直に歌うことに魅力を感じるのです。
―日本フィル&サントリーホールの「とっておきアフタヌーン」のナビゲーターをつとめるなど、活動の幅も広がっていますね。
最近はMCとしてしゃべる仕事もたくさんさせていただくようになりました。もともと声楽のコンサートは、歌の時間は限られていておしゃべりでも楽しんでいただく必要がありますから、わかりやすいというだけでなく、しっかりコンサートを組み立てられるようなお話ができるようになりたいですね。
2018年9月サントリーホール・とっておき アフタヌーン Vol.8
(写真提供:サントリーホール)
2019年2月サントリーホール・とっておき アフタヌーン Vol.9
(写真提供:サントリーホール)