どの世界でもその道のプロにしか分からない言葉が沢山あります。舞台芸術における「香盤」もその一つでしょう。碁盤目の表で、縦軸には出演者の名前、横軸には舞台の場が書いてあり、それぞれの出番の桝目に丸印が付いているものです。座禅をする際に時間を計る線香を立てた盤に似ていることから生まれた言葉といわれています。今回はこの「香盤」とオペラの稽古についてのお話しです。
オペラの立ち稽古では、指揮と音楽に合わせて歌うきっかけ、動くきっかけを覚え、相手役との絡みを身体で覚えていくので、出演者が揃わないとさまになりません。ところが我々のような民間のオペラ団体では、教職などに就いている歌手も多いので、あらかじめ出して貰った稽古出欠表と香盤を見比べながら稽古日程を決めて行かざるを得ません。稽古期間を通じて、全体を穴がないように仕上げるために、あらかじめいつ誰々がどの場の稽古をするか決めるのはパズルにも似た結構緻密な作業を要求されます。
しかも長丁場の立ち稽古では、演出家の注文で一カ所を繰り返し稽古したり、動きそのものを変更することも少なくありません。勿論指揮者の要求による追加の音楽稽古もあるので、稽古日程の修正は頻繁に行われます。毎日午後9時に稽古が終わったあと、舞台監督、演出助手、副指揮、制作担当者が集まって変更点に沿って稽古表を修正し、その内容は直ちにファックスやメールで出演者達に連絡されます。
理想的とはいえない条件下でも、必要十分な稽古を積むためには、手抜きをせずにこのような試行錯誤をきっちり積み重ねることが要求されるのです。こうして本番2週間前になると、全体を見ながら作り込んでいく通し稽古に入ります。ここからは出演者全員が完全拘束体制で完成度を上げていき、歌付きオーケストラ稽古で音楽面での確認が終わると、いよいよ会場の舞台で総仕上げにかかります。
まず、音楽抜きで稽古場での動きを実際の舞台上で再現して、立ち位置や動きを把握する「場当たり」を済ませて、舞台でのピアノ付き通し稽古に移行します。ここでは舞台監督が舞台進行の最高責任者です。舞台の袖に陣取り、香盤とスコアを睨みながら、トランシーバーによって舞台への出入り口に配置された舞台監督助手に指令を出し、待機した出演者にキューが出されていくのです。「香盤」は舞台に穴を空けないためにもなくてはならないものなのです。(常務理事 中山欽吾)